ボルハ・オウビーニャ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
| ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
ボルハ・オウビーニャ・メレンデス Borja Oubiña Meléndez | |||||
| ラテン文字 | Borja OUBINA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1982年5月17日(42歳) | |||||
| 出身地 | ビーゴ | |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 体重 | 75kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2001-2004 |
| 67 | (4) | |||
| 2004-2015 |
| 217 | (5) | |||
| 2007-2008 |
→ | 2 | (0) | |||
| 通算 | 286 | (9) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 2006 |
| 2 | (0) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||

ボルハ・オウビーニャ・メレンデス(Borja Oubiña Meléndez, 1982年5月17日 - )は、スペイン・ビーゴ出身の元サッカー選手。セルタ・デ・ビーゴ所属。スペイン代表であった。ポジションはMF(センターハーフ)。
クラブ
幼い頃からセルタ・デ・ビーゴの大ファンであり、セルタの下部組織で育つと、2003-04シーズンのバレンシアCF戦 (2-2) でトップチームデビューした。セルタは同シーズンにUEFAチャンピオンズリーグにも出場したが、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督率いるチームはリーグ戦で低迷し、19位でセグンダ・ディビシオン(2部)降格となった。オウビーニャはリーグ戦12試合に出場したが、セグンダ・ディビシオン降格が決まった瞬間に泣き崩れた。2004-05シーズンはチームの支柱となり、フェルナンド・バスケス監督が率いるチームで30試合に出場して、1シーズンでのプリメーラ・ディビシオン(1部)復帰に貢献した。2005-06シーズンは36試合に出場してプリメーラでの初得点も記録した。2006-07シーズン終了後に再びセグンダ・ディビシオン降格が決まり、オウビーニャは移籍を希望した。まだセルタとの契約が残っていたが、8月にはホセ・アントニオ・カマーチョ監督率いるSLベンフィカが獲得レースの先頭に立っていると思われた。しかし、1000万ユーロと言われる移籍金がネックとなって移籍は実現しなかった[1]。
2007年8月31日、イングランド・プレミアリーグのバーミンガム・シティFCに1年間の契約でレンタル移籍し[2]、9月15日のボルトン・ワンダラーズFC戦でデビューした。移籍2戦目はリヴァプールFC戦であったが、前半13分にディルク・カイトと衝突して左足前十字靭帯を負傷し、6ヶ月もの間戦線離脱した[3]。2008年2月9日、クラブと双方合意の上でレンタル移籍の契約を解除し[4]、ビーゴに戻ってリハビリを開始した。1年以上試合に出られなかったが、12月6日のUDラス・パルマス戦(0-2)で復帰し、最後の4分間だけプレーした。2008-09シーズンはリーグ戦15試合に出場した。2009年9月中旬に再び負傷し、2010年初頭に十字靭帯の怪我が完治することを目指して10月に手術を受けた[5]。
33歳になった5日後の2015年5月22日に、引退を表明[6]。
代表
2006年の2006 FIFAワールドカップの際にはスペイン代表の30人の候補に入ったが、23人の最終登録メンバーからは外れた。大会後の9月2日、バダホスで行われたUEFA EURO 2008予選のリヒテンシュタイン戦 (4-0) で、後半にダビド・アルベルダとの交代で出場してスペイン代表デビューした。
ガリシア州代表にも選出されている。