マキシモ・キレス
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キャリア初期
6歳から本格的にレースを始める。2017年から2019年にかけて、ミニGPで数々の国内および国際選手権でチャンピオンを獲得[1]。
2020年にスペインスーパーバイク選手権Moto4クラスでシリーズ2位を獲得し、その後ヨーロピアン・タレント・カップに進出[2]。
2021年にヨーロピアン・タレント・カップに出場し、3勝を挙げ、若干13歳でシリーズチャンピオンを獲得[3]。
ヨーロピアン・タレント・カップでタイトル獲得後の2022年、レッドブル MotoGP ルーキーズ・カップに出場し、優勝3回・表彰台圏内7回でシリーズ3位で終えた[4][5]。また、ヨーロピアン・タレント・カップにも出場し、シリーズ4位を獲得。
2023年、ヨーロピアン・タレント・カップ、レッドブル MotoGP ルーキーズ・カップに出場し、前者では2度目のシリーズタイトルを獲得し、後者は前年と同様シリーズ3位で終えた。
2024年、FIMジュニアGP世界選手権に昇格[6]。最終戦(エストリル)での優勝を含む4回の表彰台に上り、シリーズ3位[7]。
2024年、レッドブル MotoGP ルーキーズ・カップに出場し、第3戦(ムジェロ)のレース2での物議を醸す大事故を引き起こしたとして1戦の出場停止処分を受けた[8]。最終周で10人以上のライダーを率いて最終コーナーを抜け、後続のライダーのスリップストリームを断ち切るためにメインストレートを横切った際にルシェ・ムードリーと接触。さらにムードリーはアルバロ・カルペと接触後、マシンから危険な転倒をし、後続のライダーに間一髪で避けられた。キレスはレース後に自身が引き起こした事故について謝罪した。出場停止により、第4戦(アッセン)を欠場し、ランキング首位の座を失った[9]。第5戦(レッドブル・リンク)より復帰し、最終的にシリーズ5位で終えた。
ロードレース世界選手権
Moto3
2024年11月15日、アスパル・チームから2025年のロードレース世界選手権Moto3クラスに参戦することが発表された[10]。ジュニアGPででトップ3に入ったライダーの年齢制限に満たなかったため、開幕から2戦は欠場し[11]、第3戦アメリカズグランプリよりグランプリデビューを果たす。予選ではダビド・ムニョスとのポールポジション争いを演じ、わずか0.11秒差で2番手となり[12]。決勝は5位でフィニッシュした[13]。
第4戦カタールグランプリを前に、手を負傷するアクシデントに見舞われ、メディカルチェックを受けた結果、親指の骨折と診断され欠場を余儀なくされた[14]。チームは回復過程を続けるために第5戦スペイングランプリを欠場し[15]、第6戦フランスグランプリより復帰し、復帰戦でポールポジションを獲得し、決勝は7位で終えた[16]。第7戦イギリス・第8戦アラゴングランプリで2位に入り、第9戦イタリアグランプリで初優勝を飾った[17][18][19]。
第10戦オランダグランプリでは不調な週末を過ごし、決勝ではクラッシュの後15位でフィニッシュしたが、第11戦ドイツ・第12戦チェコグランプリで2戦連続で2位に入り、第13戦オーストリアグランプリでは4位入賞した。第14戦ハンガリーグランプリではバレンティン・ペローネとのトップ争いを制し2勝目を挙げた[20][21][22]。その後のレースで結果を残し、第20戦マレーシアグランプリでMoto3ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得[23][24]。第21戦ポルトガルグランプリの最終周で他のライダー達を引き離し、圧倒的な走りでシーズン5勝目を挙げた[25]。
人物
マルク・マルケス・アレックス・マルケスが設立したタレントマネジメント会社「バーティカル・マネジメント」に所属している[26]。
若い頃、父方の姓であるマルティネスではなく母方の姓であるキレスに変えたことについて、自分の頭文字がマルク・マルケスの頭文字を被らないようにしたかったと説明した[27]。父親は若い頃スペインでロードバイクのレースをしていた[28]。