マック中原
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誕生〜上京
1978年6月18日に名古屋市港区遠若町で生まれ、名古屋港保育園から四日市羽津保育園に転園する。
四日市市立羽津北小学校、四日市市立羽津中学校、三重県立四日市四郷高等学校(スポーツ科第一期生)を卒業式は出席したもの単位が足りず中退。 もう一年残る事を交渉するも先生に断られる。
幼少時代からスポーツが好きで、水泳は3歳から9年間、野球は小学生から高校までやっていた。その傍ら、元暴走族(特攻隊長〜総長代理)でもある。
幼少時代から芸能界に憧れていた。特にものまね芸人志望で、小学校の時に『ものまね王座決定戦』のビデオをかき集め、コロッケ特集を作って練習していた。
高校1年生の頃に組んだバンド「ff」解散後、「MACK」という5人組のバンドを組みYAMAHA主催や楽器店主催の大会などで数回優勝している。「MACK」解散後は、活動の名前を変えず芸名を「MACK」として活動を開始。
2012年、「MACK」から「マック中原」に芸名を改名している。ちなみに「MACK」の由来は、高校野球時代に投げ方がマック鈴木に似ている事から先輩から「マック」とあだ名がつけられた事から来ている。
高校を卒業し、就職するも、職人仕事を転々とする。
父親から「次の音楽大会で優勝出来なかったら芸能界諦めろ」と言われ、優勝をする。
上京後〜デビュー
2000年10月3日の両親の結婚記念日にFM三重にて『MACKのMusic Fight!』でパーソナリティーデビュー。嘉門達夫に師事。
2001年2月24日に歌手デビュー予定であったが、当時所属していた社長の不祥事により取り消しとなった。個人事務所「Studio-M3」を立ち上げ営業活動を開始する。
野球をテーマにした「Fight!」中畑清にデモテープを聴いてもらい、中畑清が自らマックを読売巨人軍球団事務所に連れて行き企画部の前でプレゼンをする。この結果「元読売巨人軍選手中畑清推薦野球曲」というタイアップの許可が出て、2001年7月21日にバップレコードより「Fight!」でメジャーデビューとなった。ジャイアンツ少年野球教室や、全国高校野球大会三重県大会CTY放送のテーマソングとしても使用された。