Wikiwand AI

マッシモ・スタノ

From Wikipedia, the free encyclopedia

マッシモ・スタノ
個人情報
愛称Jetsy
全国代表イタリアの旗 イタリア
生誕 (1992-02-27) 1992年2月27日(34歳)
イタリアの旗 イタリア プッリャ州バーリ県グルーモ・アップラ
スポーツ
国イタリアの旗 イタリア
競技陸上競技
種目競歩
クラブ黄の炎スポーツクラブ(Gruppi Sportivi Fiamme Gialle)
成績・タイトル
自己ベスト1:17:45(20kmW、2019年)
2:20:43(35kmW、2025年)世界記録
獲得メダル
大会 1位 2位 3位
世界陸上選手権 1 0 0
世界競歩チーム選手権 0 1 1
欧州U23選手権(英語版) 0 1 0
オリンピック 1 0 0
Total 2 2 1
オリンピック
金2020 東京20kmW
世界陸上選手権
金2022 オレゴン35km競歩
世界競歩チーム選手権
銀メダル - 2位2018 太倉20kmW(チーム)
銅メダル - 3位2018 太倉20kmW
ヨーロッパ競歩チーム選手権(英語版)
銀メダル - 2位2021 ポジェブラディ20kmW(チーム)

マッシモ・スタノ(Massimo Stano, 1992年2月27日[1] - )は、競歩を専門とするイタリアの陸上競技選手。中国・北京で開かれた2015年世界選手権の20km競歩で19位[2]、日本の札幌で開かれた2020東京オリンピックの20km競歩で優勝した[3]。

プッリャ州バーリ県グルーモ・アップラ生まれ、同県パーロ・デル・コッレ育ち。11歳でFiamma Olimpia Paloに所属して陸上競技を始め、当初は中距離走をメインとしていたが、14歳より競歩に転向し、ジョバンニ・ザッケオ(Giovanni Zaccheo)のコーチングを受けた。2011年にスタノは警察官となり、金の炎スポーツクラブ(Gruppo Sportivo Fiamme Oro)に所属した。最初の大きな成果はフィンランド・タンペレで開かれたヨーロッパU23選手権(英語版)で、当初は4位とされたが、ロシア選手のドーピング違反により銅メダルを獲得した。この成功を受け、パーロを離れてセスト・サン・ジョヴァンニに移り、アレッサンドロ・ガンデリーニ(Alessandro Gandellini)を新しいコーチとした。

度重なる怪我のため、カステル・ポルツィアノ(イタリア語版)へ引っ越し、黄の炎スポーツクラブ(Gruppi Sportivi Fiamme Gialle)のバラックで勤務・トレーニングを開始し、パトリツィオ・ペルセセペ(Patrizio Percesepe)コーチの指導を仰いだ。移動してすぐに結果が現れ、2018年の国内選手権を自己新記録で制し、中国・太倉で開かれた世界競歩チーム選手権3位、ドイツ・ベルリンのヨーロッパ選手権で4位に入賞した。2019年6月にはイタリア新記録となる1時間17分45秒を樹立するが、同年の世界選手権(カタール・ドーハ)は14位に沈んだ。2020年は骨膜炎に苦しみ、世間では新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった。2021年5月16日のヨーロッパ競歩チーム選手権(英語版)(チェコ・ポジェブラディ(英語版))を復帰レースに選び、8位で競技を終えた[4]。札幌で開かれた東京オリンピックの20km競歩では、16km付近より先頭争いを展開し、19km地点でスパートをかけ、金メダルを獲得した[5]。

国内成績

優勝歴

私生活

既婚者であり、娘が1人いる。ムスリムである[8]。

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks