マット・ギャリソン
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ミネソタ州とモンタナ州で育った彼は、モンタナの高校時代にMontana’s Mr. Basketballなど数々の栄誉を得た。その後奨学金を得て、モンタナ州立大学へと進んだが、膝の怪我とリハビリのために、バイオラ大学に転校。そこチーム・キャプテンとして活躍した後、IBLのBillings Rim RockersやSan Diego Stingraysでプレイ。
1999-2000シーズン途中にオーストラリア・NBLのWollongong Hawksに在籍した後、Caims Taipans、Adelaide Thirty Sixersを経て、2002-03シーズンはWollongong Hawksに復帰した。[1]
2003年にはNBAチームロサンゼルス・クリッパーズのトレーニングキャンプのロースター入りを果たしたが、9月27日に解雇され[2]、その後はレバノンのSporting Al Ryadi Beirutでプレイした。
2004年に来日し新潟アルビレックスBBに入団、後に大阪エヴェッサへ移籍するリン・ワシントンともプレイ。2005-6年のbjリーグ準優勝に貢献。
2007-8年シーズンは外国人選手のまとめ役として、自身もスリーポイントだけではなく。ポストプレーを含む多彩なプレーで得点に貢献している。
2008-09年シーズンは、高松ファイブアローズに所属し、チーム記録となる11連勝に貢献して2月の月間MVPを受賞。
2010年は母国であるアメリカ合衆国に帰国してJserra Catholic High School[3]でのコーチをしている。
2011年7月新潟アルビレックスBBの2代目ヘッドコーチに就任[4]。2012-13シーズン、チームを初のレギュラーシーズンイースタンカンファレンス首位に導き、最優秀コーチ賞を受賞。
2013年オフ退任。
人物
笑顔や茶目っ気はアルビレックスBBのブースターの中でもとくに愛された。“困った時のマット大明神様”という言葉も聞かれた。