この車の名称は、「RX-7」「参戦が1992年」「プロトタイプ」を合わせたもので、北米マツダはマツダモータースポーツからそれぞれ77と78のカーナンバーで2台エントリーし参戦した。
搭載されているエンジンは、1991年ル・マン24時間レース優勝車である「マツダ・787B」に搭載されていたものと同じR26B型 直列4ローターエンジン(654cc×4)であるが、1991年型との違いとしてIMSA規定にある音量制限をパスするために、若干の出力制限が施されている。シャシーは、ノースカロライナ州デンバー]のクロフォードコンポジット社製カーボンモノコックが使用される[1]。変速機は5速マニュアルミッション。787Bとはルーツの異なる車体であり、共通点はエンジンとその周辺機器のみとなっている。
マツダモータースポーツはシリーズ第1戦デイトナ24時間レースには出走せず第2戦マイアミから77号車の参戦を決めたが、レース開始前にマシンが炎上し、決勝に出走することなくデビュー戦を終えた。第4戦ロードアトランタから78号車が追加参戦し、以後最終戦まで2台体制でシリーズを戦った[1]。RX-792PはIMSA参戦12戦で2位と3位を1回ずつ獲得したものの優勝には手が届かなかった。
スプリントレースでは77号車をプライス・コブ、78号車をピート・ハルスマーがそれぞれドライブしたが、セブリング12時間レースのみジェームス・ウィーバーも含めた3人で77号車をドライブした。
ロータリーエンジン搭載車でのデイトナ制覇を目標にして北米マツダが制作したが、1992年10月にマツダ本社が経営不振を理由にすべてのモータースポーツ活動を終えることになったので、目標だったデイトナ24時間レースへの出場を果たすことが出来なかった[1]。翌年のレース活動に必要な予算は北米マツダでは決済されていたが、マツダ本社でのレース活動終了によりエンジンを入手することが出来なくなった。
RX-792Pの001号と002号がレース活動を終えたのちに、003号がジョージア州アトランタのダウニングアトランタ社で組み立てられた[1]。したがって、003号はレースへの出走履歴がない[1]。
制作された3台のうち、2025年現在は2台が現存している。1台(ゼッケン77)がマツダUSAが保管し、もう1台は岐阜県の実業家である國江仙嗣が所有する[1]。國江が所有する003号は、本来R26Bエンジンに装備されている可変吸気システムは非装着であり、制御システムもマツダ製ではなくモーテックの市販ECUで制御されている[1]。サスペンションや冷却系、ブレーキシステムも1990年代の部品ではなく、近年の製品で構成される。空力パーツはロードラッグ仕様のリアウィングが装着されヘッドライトも稼働する状態で装備される[1]。ギヤは非常に高いレシオに設定され日本国内のサーキットでは5速は使用しない。マツダUSAが保管する車両は、ハイダウンフォース仕様の空力パーツを装備し、ヘッドライトはカバーが装着され点灯は出来ない[1]。