マティ・グローヴス

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「リトル・マスグレイヴの嘆かわしいバラッド」 ボドリアン図書館所蔵の17世紀のブロードサイド

リトル・マスグレイヴとレディ・バーナード」("Little Musgrave and Lady Barnard")や「リトル・マスグレイヴ」("Little Musgrave")としても知られる「マティ・グローヴス」("Matty Groves")はおそらくイングランド北部を発祥の地とする若い男性と貴婦人の間の姦通の試みが女性の夫に発覚し、二人が殺される物語のバラッド。この歌には多くの文字でのバリエーションが存在し、いくつかの名前のバリエーションも存在する。この歌は「リトル・マスグレイヴとレディ・バーナード」と言うタイトルで19世紀のアメリカ人学者フランシス・ジェームズ・チャイルドが収集したチャイルド・バラッドの中の一つとして少なくとも1613年まで遡ることができる。

標準リファレンス

リトル・マスグレイヴ(またはマティ・グローヴス、リトル・マシュー・グローおよびその他のバリエーション)は、「聖なる言葉を聞く」または「そこにいる素敵な女性を見る」ために、聖なる日に教会に行く。彼はバーナード卿の妻、そこで最も美しい女性を見て、彼女が彼に惹かれていることに気がつく。彼女は彼に彼女と一緒に夜を過ごすように誘い、彼女の夫が家から離れていると彼女が言ったとき彼は同意する。彼女の小姓はバーナード卿(アーネル、ダニエル、アーノルド、ドナルド、ダーネル、ダーリントン)を探しに行き、マスグレイヴが彼の妻と一緒にベッドにいると彼に話す。バーナード卿は彼が真実を語っているなら小姓に莫大な報酬を、そして彼が嘘をついているなら絞首刑にすると約束する。バーナード卿と彼の部下は家に帰り、ベッドの恋人達を驚かせる。バーナード卿は裸の男を殺したとして非難されたくないので、マスグレイヴに服を着せるように言う。マスグレイヴは自分には武器がないので戦えないと言い、バーナード卿は彼に2本の剣のうちの良い方を与える。その後の決闘では、リトル・マスグレイヴがバーナード卿を負傷させ、バーナード卿は彼を殺した。その後、バーナード卿は妻にリトル・マスグレイヴを今でも好むかどうか尋ね、彼女が死んだ男の唇からのキスの方が夫とその親族すべてよりも好きだと答えると彼女を殺した。彼はそれから自分がしたことを後悔し、恋人たちを「彼女はより良い親族から来た」ので女性を上にして、単一の墓に葬るように命じる。一部のバージョンでは、バーナードは絞首刑にされたり、自殺したり、自分の幼い息子が妻の体内で死んでいるのを発見する。多くのバージョンでは、ストーリーの一部が省略されている[1]

キャラクターの元の名前であるリトル・マスグレイヴとレディ・バーナードは、イングランド北部の地名(具体的にはウェストモーランドリトル・マスグレイヴダラムバーナード城)に由来するものと推測されている。

曲のイングランド・バージョンとアメリカ・バージョンの両方で見られる地名「バックルズフォードベリー」の起源は不明である。

バラッドのいくつかのバージョンには、恋人たちが夜を一緒に過ごした後に離れる詩的な形であるアルバの要素が含まれている。

初期の印刷されたバージョン

いくつかのブロードサイドのバージョンが存在する。 ボドリアン図書館のブロードサイド・バラッド・オンラインには3種類の異なる印刷物があり、すべてが17世紀後半のものである。

一つは、アンソニー・ウッドの所蔵する「リトル・マウスグローヴの嘆きの歌、そしてバーネット夫人の嘆きの歌」The lamentable Ditty of the little Mousgrove, and the Lady Barnet で、裏面には「主人公たちは1543年に生きていた」というウッドの手書きのメモがある[3][4][5][6]

収集されたバージョン

チャイルドは14の例を公開した[1]

ラウド・フォークソング・インデックスには、このバラッドの例が300以上含まれており[7]、このバラッドは主に北米で収集されていることが示されている:ラウドに記載されている113のバージョンがアメリカで発見され、その大部分はノースカロライナ州(24)、バージニア州(24)、ケンタッキー州(23)、ニューイングランド州(16)、テネシー州(9)である。カナダでは18のバージョンが発見され、その大部分はノバスコシア州である。スコットランドでは9種類、イングランドでは2種類のみである。セシル・シャープはこのうち22種類のコレクターとしてリストアップされている[7]

カリブ海で収集された歌や物語の多くは、バラッドに基づいているか、またはバラッドを引用している[8][9][10][11]

テキストの変種と関連するバラッド

バリエーション卿/レディの苗字恋人備考
リトル・マスグレイヴとレディ・バーナードの古いバラッドバーナードリトル・マスグレイヴこのバージョンにはフットページがある
マティー・グローヴスアーレンリトル・マティー・グローヴス[12]
マティ・グローヴスダーネルマティ・グローヴス[13]

後に記録されたこの曲のいくつかのバージョンは、チャイルドのカタログに記載されているバージョンとは異なっている[14]。最も古い出版物は1658 年に出版されたものである(下記の「文学」の項を参照)。ヘンリー・ゴッソン(Henry Gosson)のブロードサイドにも印刷されており、彼は1607年から1641年の間に印刷したと言われている[12]。マティが最初に見られる場所については、時には教会、時にはボール遊びと言ったいくつかのバリエーションができている。

マティ・グローヴスはバラッド「フェア・マーガレットとスウィート・ウィリアム」 "Fair Margaret and Sweet William" (Child 74, Roud 253)といくつかの中間部のスタンザを共有している[15][16]

バラッドのその他の名称:

  • 恋人に基づくもの
    • マッシィ・グローヴス Matthy Groves
    • 若いマスグレイヴ Young Musgrave
    • 小さなメスグローヴ Wee Messgrove
    • リトル・マスグレイヴ Little Musgrave
    • リトル・サー・グローヴ Little Sir Grove
    • リトル・マシ―グローヴ Little Mushiegrove
    • リトル・マスグローヴ Little Massgrove
  • 卿に基づくもの
    • バーナード卿 Lord Barnard
    • バーナビー卿 Lord Barnaby
    • バーリバス卿 Lord Barlibas
    • バーナバス卿 Lord Barnabas
    • ベングウィル卿 Lord Bengwill
    • バーネット卿 Lord Barnett
    • アーレン卿 Lord Arlen
    • アーノルド卿 Lord Arnold
    • アアロン卿 Lord Aaron
    • ドナルド卿 Lord Donald
    • ダーレン卿 Lord Darlen
    • ダーネル卿 Lord Darnell
  • 名前の組み合わせに基づくもの
    • リトル・マスグレヴとレディ・バーナード Little Musgrave and Lady Barnard
    • ロード・バーネットとリトル・マスグローヴ Lord Barnett and Little Munsgrove
    • リトル・マスグレイヴとレディ・バーネット Little Musgrave and Lady Barnet

文学

バラッドに関する最も初期の既知の引用は、ボーモントとフレッチャーの1613年の演劇『燃える杵の騎士』The Knight of the Burning Pestle に見られる。

ある者は口笛を吹き、ある者は歌い、
おい、伏せろ、伏せろ!
と何人かは大声で言い、
バーネット公の角笛が鳴っていたように、

離れろ、マスグレイブ、離れろ!と[17]

アル・ハインの1961年の小説Lord Love a Duck はバラッドからの抜粋で始まり、同様に終わり、2人の登場人物のためにマスグレイヴとバーナードの名前を借用している[18]

デボラ・グラビアンの『お化けバラッド』シリーズ3冊目の本『マティ・グローブス』(2005年)は、バラッドに異なるひねりを加えている[19]

フィールド・レコーディング

  • 1928年8月、ヘンリー夫人(メリンジャー・エドワード・ヘンリーのために)がテネシー州の「おじさん」サム・ハーモンからこの曲のヴァージョンを録音した[20]
  • 1934年、ジーン・ベル・トーマスがケンタッキーで「ロード・ダニエル」を歌うグリーン・マガードを録音した。このバージョンはアンソロジー 'Kentucky Mountain Music' Yazoo YA 2200 としてリリースされた[21]
  • 1949年6月2日、ジーン・リッチーアラン・ローマックスのために「リトル・マスグレイヴ」を歌った[22]
  • 1960年9月、ハミッシュ・ヘンダーソンはアバディーンシャー出身の歌手ジーニー・ロバートソンが「リトル・マスグレイヴとレディ・バーナード」を歌っているのを録音した。しかし、主人公はマティー・グローヴスとロード・ドーナルで、同じ歌手による別バージョンは「ロード・ドーナル」と呼ばれている。Tobar an DualchaisのWebページ上の録音へのノートは、歌手がジョニー・ウェルズとサンディ・パトンから彼女のバージョンを学んだことを示唆している。パトンはアメリカの歌手であり、フォークソングの収集家でもあった[23]
  • 1963年8月、ジョン・コーエンがノースカロライナ州ソドムでディラード・チャンドラーが「マティ―・グローヴス」を歌っているのを録音した。このバージョンはスミソニアン・フォークウェイズのSFW CD 40159 ('Dark Holler')に収録されている[24]

商業録音

一部のパフォーマーのバージョンは、ジーン・リッチー[25] やマーティン・カーシー[26] のものを含めて非常に注目に値し、また成功したバージョンということができる。

リリース(Album / "Single")演奏者曲名備考
1956John Jacob Niles Sings American Folk Songsジョン・ジェイコブ・ナイルズLittle Mattie Groves
1958Shep Ginandes Sings Folk Songsシェップ・ギナンデスMattie Groves[27]
1960British Traditional Ballads in the Southern Mountains, Volume 2ジーン・リッチーLittle Musgrave
1962Joan Baez in Concertジョーン・バエズMatty Groves
1964Introducing the Beers Familyビアーズ・ファミリーMattie Groves
1966Home Again!ドク・ワトソンMatty Groves
1969リージ・アンド・リーフフェアポート・コンヴェンションMatty Groves無関係なアパラチアの歌 "Shady Grove" のメロディに設定しており、このハイブリッドバージョンは他の演奏者のレパートリーに入いった(この頻度と名前の類似性により、「Shady Grove」は「Matty Groves」から直接派生しているという誤った仮定が生まれている)。 何度かはライブでも録音されている。
1969Prince Heathenマーティン・カーシーLittle Musgrave and Lady Barnard
1970Ballads and Songsニック・ジョーンズLittle Musgrave
1976Christy Mooreクリスティ・ムーアLittle Musgraveアンディ・アーバインの曲に設定[28]
1977Never Set the Cat on Fireフランク・ヘイズLike a Lamb to the Slaughterパロディのトーキング・ブルース版として
1980The Woman I Loved So WellプランクシティLittle Musgrave
1990Masqueポール・ローランドMatty Groves
1992Just Gimme Somethin' I'm Used Toノーマン・ブレイクと妻のナンシー・ブレイクLittle Matty Groves
1992Out Standing in a FieldThe Makem Brother and Brian SullivanMatty Groves
1993In Good King Arthur's Dayグレアム・ドッズワースLittle Musgrave
1994You Could Be the Meadowイーデン・バーニング
1995Live at the Mineshaft TavernThaMuseMeant
1997On and Onフィドラーズ・グリーンMatty Groves
1999Trad Arr Jonesジョン・ウェズリー・ハーディングLittle Musgrave
2000HepsankeikkaTarujen SaariKaunis neito(フィンランド語)
2001Listen, Listenコンティネンタル・ドリフターズMatty Groves
2002Ralph Stanleyラルフ・スタンレーLittle Mathie Grove
2003sings Sandy Dennyリンデ・ニルランドMatty Groves
2004Live 2004PlanxtyLittle Musgrave
2005Dark Holler: Old Love Songs and Balladsディラード・チャンドラーMathie Groveアパラチア風のアカペラ

[29]

2005De Andere KustKadrilMatty Groves
2007Season of the WitchストラングリングスMatty Groves
2007Prodigal Sonマーティン・シンプソンLittle Musgrave
2008The Peacemaker's Chauffeurジェイソン・ウィルソンMatty Grovesレゲエ・バージョン、デイヴ・スウォーブリックブラウンマン・アリをフィーチャー
2009Folk Songsジェームズ・ヨークストンビッグ・アイド・ファミリー・プレイヤーズLittle Musgrave
2009Alela & Alinaアレラ・ダイアンがアリーナ・ハーディンと共にMatty Groves, Lord Arland
2009オーファンズトム・ウェイツMathie Grove
2009Tales from the Crow Manダム・ザ・バードMatty Groves
2010Sweet JoanシャーウッドMatty Groves(ロシア語)
2011Birds' Advice エリザベス・ラプレルMathey Groves
2011"Little Musgrave"マスグレイヴスLittle Musgraveバンド名を広めるためのYouTubeビデオ
2011In Silenceマーク・キャロルMatty Groves
2012Retrospectiveザ・ケネディーズMatty Groves
2013The Irish Connection 2ジョニー・ローガン
2013FugitivesモリアーティMatty Groves
2019Návrat králeアソナンスMatty Groves(チェコ語)

映画とテレビ

映画

歌追い人』(原題:Songcatcher、2000年)の中で、この曲はエミー・ロッサムジャネット・マクティアによって演奏された。

テレビ

イギリスのテレビシリーズ『孤高の警部 ジョージ・ジェントリー』(原題:en:Inspector George Gently)の第5シーズン第2話 "Gently with Class" (2012年)の中で、この曲は「マティ・グローヴス」として歌手エレン・マラム役のエボニー・バックルによって演奏された。

音楽的異本

1943年、イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンはこの曲を「小姓マスグレイヴとバーナード夫人のバラッド」("The Ballad of Little Musgrave and Lady Barnard")と題した合唱曲の基礎として用いた[30]

キッパー・ファミリーによるパロディ曲 "The Big Musgrave" は1988年の彼らのLP Fresh Yesterday (DAM CD 020) で聴くことができる。このバージョンの主役はでかいデブのグローヴス(Big Fatty Groves)と呼ばれている[31]

フランク・ヘイズは "Like A Lamb To The Slaughter" と呼ばれるトーキング・ブルース・バージョンを作り、1994年のペガサス賞の "Best Risqué Song"(最優秀きわどい歌)を受賞した。

同じ曲のその他の歌

参考資料

脚注

外部リンク

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