マリオン郡 (テネシー州)
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座標: 北緯35度08分 西経85度37分 / 北緯35.13度 西経85.61度
| テネシー州マリオン郡 | |
|---|---|
ジャスパー市にあるマリオン郡庁舎 | |
郡のテネシー州内の位置 | |
州のアメリカ合衆国内の位置 | |
| 設立 | 1817年 |
| 郡庁所在地 | ジャスパー |
| 最大の都市 | ジャスパー |
| 面積 - 総面積 - 陸 - 水 |
1,327 km2 (512 mi2) 1,291 km2 (498 mi2) 36 km2 (14 mi2), 2.72% |
| 人口 - (2010年) - 密度 |
28,237人 22人/km2 (57人/mi2) |
| 標準時 | 中部: UTC-6/-5 |
ペピン郡(英: Marion County)は、アメリカ合衆国テネシー州の南部に位置する郡である。2010年国勢調査での人口は28,237人であり、2000年の27,776人から1.7%増加した[1]。郡庁所在地はジャスパー市(人口3,279人[2])であり、同郡で人口最大の都市でもある。
マリオン郡は1817年にチェロキー族の領土から分離して設立された。
1779年、チェロキー族酋長ドラッギングカヌーが、チカマウガ・クリークからランニングウォーター・クリークまでテネシー川を下り、ニッカジャック洞窟入り口前にニッカジャックという部族集落の建設に貢献した。1794年、この集落が攻撃され焼かれた。この攻撃はナッシュビル出身のジェイムズ・オア大佐が率いていた。この集落は再建され、チェロキー族チカマウガ・バンドが住み続けていたが、1838年、テネシー州、アラバマ州、ジョージア州に残っていたインディアンが全て移住させられた[3]。
1861年春、チャタヌーガのロバート・クレイブンスが、ニッカジャック洞窟で火薬の主成分である硝石の採掘を始めた。この事業は後にアメリカ連合国硝石局が引き継いだ。ある時点では、このニッカジャック洞窟がアメリカ連合国の主要な硝石採掘場になっていた。南北戦争中、船でテネシー川を上り下りする数多い兵士がニッカジャック洞窟を訪れていた[3]。
もう1つ、南北戦争中の重要な硝石採掘場として、モントイーグルの南東約4マイル (6 km) にあるケイブコーブのモントイーグル硝石洞窟があった。戦中にはバトルクリーク洞窟と呼ばれていた。1917年にこの洞窟を訪れた人は、洞内に25ないし30の昔のホッパーが残っていると報告していた[4]。
地理
アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、郡域全面積は512平方マイル (1,327 km2)であり、このうち陸地498平方マイル (1,291 km2)、水域は14平方マイル (36 km2)で水域率は2.72%である[5]。
空港
マリオン郡空港、別名ブラウン飛行場は、マリオン郡が所有する公共用途空港であり、ジャスパー市中心事業地区から南東4海里 (7 m) に位置している[6]。
隣接する郡
- グランディ郡 - 北
- シクアッチー郡 - 北東
- ハミルトン郡 - 東
- デイド郡 (ジョージア州) - 南東
- ジャクソン郡 (アラバマ州) - 南西
- フランクリン郡 - 西
| グランディ郡 | シクアッチー郡 | |||
| フランクリン郡 | ハミルトン郡 | |||
| ジャクソン郡 (アラバマ州) | デイド郡 (ジョージア州) |
人口動態

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基礎データ
人種別人口構成( )内は2010年データ
先祖による構成
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年齢別人口構成
世帯と家族(対世帯数)
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収入収入と家計 |
都市と町
教育
郡内の学校として、マリオン郡高校、サウスピッツバーグ高校、ウィットウェル高校の他、中学校1校、小学校4校がある。
公園と自然の景観

ニッカジャック洞窟はテネシー川の西岸、シェルマウンドステーションの南0.6マイル (1.0 km) にあり、州内でも歴史のある洞窟である[8]。現在はニューホープ市が運営する公園の中にある。洞窟の入り口にある展望台まで舗装された歩道があり、コウモリが出入りする様子を見ることができる[9]。この洞窟は観光用に使われていたが、1968年にテネシー川流域開発公社によって水没させられた。公社はヘイルズバーダムの建設以来20年間水漏れ対策を打ってきたが、それでも水漏れが続いた後、ダムの航行用閘門を広げることは高価に過ぎると判断した。1968年、公社は6マイル (10 km) 下流のニッカジャックダムの建設で置き換えることを決め、ニッカジャック洞窟が水没することになった。