マルコ・シウバ
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ハル・シティを指揮するシウバ(2017年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
マルコ・アレシャンドレ・サライヴァ・ダ・シウバ Marco Alexandre Saraiva da Silva | |||||
| ラテン文字 | Marco Silva | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1977年7月12日(47歳) | |||||
| 出身地 | リスボン | |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF(右サイドバック) | |||||
| ユース | ||||||
| 1992-1995 |
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| 1995-1996 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1996-1997 |
| 1 | (0) | |||
| 1997-1998 |
| 0 | (0) | |||
| 1998-2001 |
| 36 | (1) | |||
| 1999-2000 |
→ | 1 | (0) | |||
| 2001 |
| 9 | (0) | |||
| 2002-2003 |
| 28 | (1) | |||
| 2003-2004 |
| 22 | (0) | |||
| 2004-2005 |
| 34 | (0) | |||
| 2005-2011 |
| 109 | (2) | |||
| 通算 | 240 | (4) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2011-2014 |
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| 2014-2015 |
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| 2015-2016 |
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| 2017 |
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| 2017-2018 |
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| 2018-2019 |
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| 2021- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
マルコ・アレシャンドレ・サライヴァ・ダ・シウバ(Marco Alexandre Saraiva da Silva、1977年7月12日 - )は、ポルトガル・リスボン出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現フラムFC監督。
選手
リスボンに生まれ、CFベレネンセスでプロサッカー選手としてデビューを果たす。15年間の選手人生のほとんどを2部または3部リーグで過ごし、プリメイラ・リーガでプレーしたのはわずかにベレネンセスの1試合とSCカンポマイオレンセ時代の1試合のみである。2005年にエストリルに加入。2010-11シーズンまで同クラブでプレーして現役を引退した。
監督
引退直後にシウバはエストリルの監督に任命され、就任1年目でセグンダ・リーガ優勝を果たす。さらに翌2012-13シーズンは昇格1年目ながらプリメイラ・リーガ5位に導き、UEFAヨーロッパリーグ 2013-14の予選出場権を獲得した。続く2013-14シーズン、UEFA ELにてプレーオフを突破してグループステージ出場を果たし、リーガではクラブ史上最高となる4位で終えてUEFAヨーロッパリーグ 2014-15にはグループステージから参戦することになった。
2014年5月21日、ASモナコに引き抜かれたレオナルド・ジャルディムの後任として4年契約でスポルティングCPの監督に就任する[1]。イスラム・スリマニ、ジョアン・マリオ、田中順也らを指導した。2014-15シーズンはプリメイラ3位で終えたが、タッサ・デ・ポルトガルで優勝し、2007-08シーズン以来となるタイトル獲得を果たした。しかし、わずか1シーズンで退任。
2015年7月8日、シウバはヴィトール・ペレイラの後任として2年契約でオリンピアコスFC監督に就任する[2]。2015-16シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ 2015-16 グループリーグにてアウェーのアーセナルFC戦にて2-3で勝利する番狂わせを演じた他、ギリシャ・スーパーリーグでも開幕から17連勝と、2000年以降の欧州主要リーグにおける歴代最長となる開幕連勝記録を樹立し[3]、2016年2月28日にリーグ史上最速で優勝を決めた[4]。シーズン終了後、個人的な理由で退任する。
2017年1月5日、マイク・フィーランの後任としてシーズン終了までの契約でハル・シティAFC監督に就任[5]。就任当時プレミアリーグ最下位だった上に、主力だったロバート・スノッドグラスとジェイク・リバモアが引き抜かれるなど逆境に置かれていたが、勝ち点を積み重ねて終盤まで残留争いを演じた。最終的に降格が決定してしまったものの、自身の評価は高まることとなった[6]。5月25日、正式に退任が決定した[7][8]。
2018年5月31日、エヴァートンFCの監督に就任した[9]。しかし、同じリヴァプールに本拠地を置くリヴァプールFCとの差を埋めることは出来ず、2018-19シーズンは8位で終了。翌2019-20シーズンもアンドレ・ゴメスの重傷やアレックス・イウォビやモイーズ・キーンらの新加入選手の不調などで波に乗れず、2019年12月4日のリヴァプールFCとのマージーサイド・ダービーでは2-5の大敗を喫し、翌5日に解任された[10]。
2021年7月1日、AFCボーンマス監督に就任したスコット・パーカーの後任としてフラムFC監督に就任。2023-24シーズンまでの3年契約を結んだ[11]。