マルス5号
From Wikipedia, the free encyclopedia
| マルス5号 | |
|---|---|
| 所属 | ソビエト連邦 |
| 国際標識番号 | 1973-049A |
| カタログ番号 | 6754 |
| 状態 | 運用終了 |
| 目的 | 火星探査[1] |
| 観測対象 | 火星 |
| 計画の期間 | 1973年7月25日 - 1974年2月28日 |
| 打上げ機 | プロトンKブロックD |
| 打上げ日時 |
1973年7月25日 18時55分48秒(UTC)[2] |
| 軌道投入日 |
1974年2月12日 15時45分(UTC)[3] |
| 通信途絶日 | 1974年2月28日 |
| 質量 | 3,440 kg[4] |
| 周回対象 | 火星 |
| 近点高度 (hp) | 1,760 km |
| 遠点高度 (ha) | 32,586 km |
| 軌道傾斜角 (i) | 35.3° |
マルス5号(ロシア語: Марс-5)、3MS No.53Sとしても知られている。火星を探索するために打ち上げられたソビエト連邦の宇宙船。マルス計画の一環として打ち上げられた3MS宇宙船は、1974年に火星の周回軌道に入ったが、数週間後に失敗した[3]。
マルス5号は、火星を研究するための一連の機器を搭載していた。カメラに加えて、電波望遠鏡、IR放射計、複数の光度計、偏光計、磁気計、プラズマトラップ、静電分析器、ガンマ線スペクトロメータ、および無線プローブが装備されていた[5]。3台のカメラは、52mmベガ、350mmズルファー、パノラマカメラ[6]。
ラヴォーチキンによって製造されたマルス5号は、マルス4号に続いて、1973年に火星に打ち上げられた2つの3MS宇宙船の2番目であった。3MSは、1971年にコスモス419号としても打ち上げられたが、打ち上げの失敗により、地球軌道を離れることができなかった。オービターに加えて、2つの3MP着陸船ミッション、マルス6号とマルス7号が1973年の間に開始された。