マ・レイニー

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出生名 ガートルード・プリジェット
Gertrude Pridgett
死没 1939年12月22日(1939-12-22)(53歳没)
アメリカ合衆国ジョージア州コロンバス
マ・レイニー
Ma Rainey
レイニー、1917年
基本情報
出生名 ガートルード・プリジェット
Gertrude Pridgett
生誕 (1886-04-26) 1886年4月26日
アメリカ合衆国ジョージア州コロンバス
死没 1939年12月22日(1939-12-22)(53歳没)
アメリカ合衆国ジョージア州コロンバス
ジャンル
職業 歌手
活動期間 1899年 – 1939年
レーベル パラマウント

ガートルード・マ・レイニー(Gertrude "Ma" Rainey 旧姓: プリジェット Pridgett 1886年4月26日 - 1939年12月22日)[1][2][3]はアメリカ合衆国のブルース歌手であり、多大な影響を及ぼした初期ブルースのレコーディング・アーティストである[4]。「ブルースの母」の異名を取り、それまでのヴォードヴィルと南部ブルースの正統を汲む表現との橋渡しを行い、一世代にわたるブルース歌手たちに影響を与えた[5]。レイニーはその力強い歌唱力、生来の活発さ、威風堂々とした節回し、そして「うめくような」歌唱法で知られた。それらの特質は初期に録音された「ボー・ウィーヴィル・ブルース」および「ムーンシャイン・ブルース」において顕著に認められる。

ガートルード・プリジェットは10代から舞台に立ち始め、1904年にウィル・パ・レイニーと結婚してからはマ・レイニーとして知られるようになった。夫婦はラビット・フット・ミンストレルズ英語版一座とともに巡業し、のちに自身のグループ、レイニー・アンド・レイニー、アサシネイターズ・オブ・ブルース(レイニー&レイニー、ブルースの暗殺者)を結成した。マ・レイニーの最初の録音は1923年に行われた。続く5年間に100曲以上録音し、「ボー・ウィーヴィル・ブルース」(1923)、「ムーンシャイン・ブルース」(1923)、「シー・シー・ライダーズ・ブルース」(1925)、ブルースのスタンダード曲「マ・レイニーズ・ブラック・ボトム」(1927)および「スーン・ディス・モーニング」(1927)などがある[6]

レイニーはトマス・ドーシータンパ・レッドおよびルイ・アームストロングともコラボレートした。またジョージア・ジャズ・バンドとともに巡業し、録音した。1935年まで巡業を続けたが、その後は舞台からほぼ引退し、4年後に死を迎えるまで故郷のジョージア州コロンバスで劇場の興行主として留まった[1]。レイニーは死後、ブルースの殿堂入りおよびロックの殿堂入りを果たしている。また2020年のアカデミー賞受賞作『マ・レイニーのブラックボトム』などいくつかの映画で登場人物として演じられている。2023年、グラミー生涯業績賞の栄に浴した。

ガートルード・プリジェットの誕生日についてははっきりしないところがある。いくつかの資料が示すところでは、1882年生まれであるが、ほとんどの資料は1886年4月26日生まれであると明言している[2]。プリジェット自身は1886年4月26日、ジョージア州コロンバス生まれであると主張していた(この説を裏付けるのは1910年4月25日実施の国勢調査からである)[7]。しかしながら1900年国勢調査では1882年9月にアラバマ州で生まれたことになっており、研究者のボブ・イーグルとエリック・ルブランクはプリジェットの誕生地をアラバマ州ラッセル郡だったと示唆している[8][9]。プリジェットはアラバマ州出身のトマス・プリジェットとエラ(旧姓アレン)との間にもうけられた5人の子供のうち上から2番目であった。少なくとも男きょうだいが2人おり、マリッサ・プリジェット・ニックスという女きょうだいが1人いた[7]

1904年2月、マ・レイニーはウィリアム・パ・レイニーと結婚した[10]。芸名の「マ・レイニー」は夫のニックネームであった「パ」と語呂を合わせたものであった[11]

キャリア初期

プリジェットはおよそ12歳から14歳のころ、ジョージア州コロンバスのタレントショーでパフォーマーとしてのキャリアを開始した[1][12]ファースト・アフリカン・バプテスト教会の一員であったプリジェットはブラック・ミンストレル・ショーの出演者となった。のちになってプリジェットは初めてブルース音楽にふれたのは1902年ごろであったと主張した[13]。夫のウィル・レイニーとアラバマ・ファン・メイカーズ・カンパニーを結成したが、1906年になって夫婦はパット・シャペルのずっと大きくてより人気のあったラビッツ・フット・カンパニーに参加し、ブラック・フェイス・ソング&ダンス・コメディアン、ジュビリー・シンガー、またはケークウォークの踊り手として出演した[14]。1910年には、プリジェットは「ミセス・ガートルード・レイニー、我らがクーン・シャウター英語版」という口上で紹介された[14]。プリジェットは1912年にラビッツ・フット・カンパニーが新たなオーナーのF・S・ウォルコットに引き継がれたあとも、一座に留まり続けた[1]。レイニーはある夜ミズーリで公演中に一人の少女が歌った女を捨てて去る男についての哀しい歌を聴いて「ブルース音楽」に出くわしたと語った。レイニーはその歌の歌詞を覚えて自身の舞台芸のひとつに加えた。レイニーは、彼女が歌っている歌はどんなジャンルのものなのかと尋ねられたときに「ブルース」という言葉を作り出したと主張した[10]

1914年以降、レイニー夫妻は、レイニー・アンド・レイニー、アサシネイターズ・オブ・ブルースを名乗って公演を始めた。ニューオーリンズで冬を過ごして、レイニーはジョー・キング・オリヴァールイ・アームストロングシドニー・ベシェそしてポップス・フォスターなど、数々のミュージシャンと出会った。ブルース音楽の人気が増すにつれて、レイニーの名はよく知られるようになった[15]。このころにレイニーと同じく評判を取っていた若いブルース歌手、ベッシー・スミスと出会った[A]。のちになって、レイニーがスミスをさらってラビッツ・フット・ミンストレルズに強制加入させ、ブルースを歌うことを教えたといううわさが広まった。このうわさについてはスミスの義理の姉妹であったモード・スミスが異議を唱えた[16]

レコーディング・キャリア

レイニーとバンドメンバー

1910年代後半から、黒人ミュージシャンによる録音に対する需要が高まっていた[17]。1920年、メイミー・スミスは初めて録音した黒人女性となった[18]。1923年にレイニーはパラマウント・レコードのプロデューサー、J・メイヨー・ウィリアムズによって見出された。レイニーはパラマウントとレコーディング契約を結び、12月にシカゴで「バッド・ラック・ブルース」、「ボー・ウィーヴィル・ブルース」そして「ムーンシャイン・ブルース」などを含む8曲を最初に録音した[19]。レイニーは続く5年間にその他100曲以上の録音をし、南部だけにとどまらない名声を獲得した[1][20]。パラマウントはレイニーを大々的に売り出し、彼女を「ブルースの母」、「南部の歌姫」、「ブルースの黄金の首をした女」そして「パラマウント・ワイルドキャット(至高の山猫)」などと呼んだ[21]

1924年にレイニーはルイ・アームストロングとともに「ジェリー・ビーン・ブルース」、「カウンティン・ザ・ブルース」そして「シー・シー・ライダー」を含む録音をした[22]。同年、劇場所有者出演契約協会(TOBA)の巡業に乗り出すと、合衆国の南部および中西部を巡って、黒人や白人の聴衆を相手に歌った[23]。バンドリーダー兼ピアニストのトマス・ドーシーと彼が集めたバンド、ワイルドキャッツ・ジャズ・バンドが同行した[24]。1924年4月にシカゴに姿を現すと巡業を開始し、1928年まで断続的に巡業を続けた[25]。ドーシーが体調を崩して1926年にバンドを去ると、同バンドのコルネット奏者だったフラー・ヘンダーソンがバンドリーダーとなり、その妻リリアン・ハーダウェイ・ヘンダーソンが代理のピアニストを務めた[26]

セクシュアリティに触れているレイニーの歌の大半は男との恋愛関係に言及しているが、彼女の歌詞にはレズビアニズムあるいはバイセクシュアリティに対する言及を含んでいるものもあり[27]、たとえば以下に挙げる1928年の歌「プルーヴ・イット・オン・ミー」である:

They said I do it, ain't nobody caught me.
Sure got to prove it on me.
Went out last night with a crowd of my friends.
They must've been women, 'cause I don't like no men.
It's true I wear a collar and tie.
Makes the wind blow all the while.

奴らはあたしがそれをやってるって言ったけど、あたしをその場で取り押さえたのは誰もいない。
そうだ、証拠があるって言うんなら出してみな。
ゆうべは大勢のダチと付き合った。
ダチって言ってもみんな女だったはずさ、なぜってあたしは男は好かないんだ。
あたしがカラーとネクタイを付けてるのはほんとさ。
その間じゅうずっと風を吹かせてるのさ。[28]

クィア文化センターのウェブサイトによれば、この歌詞は1925年に起きた事件に言及している。その事件でレイニーはコーラス隊の女性たちを巻き込んだ自宅での乱交パーティーに加わったという理由で逮捕された[29]。政治活動家で学者のアンジェラ・Y・デイヴィスは「『プルーヴ・イット・オン・ミー』はレズビアンを肯定する歌の演奏や録音を中心にして具体化し始めた、1970年代のレズビアン文化運動の文化的先駆けである」と特筆した[30]。当時のこの歌の広告は歌詞であらましが述べられているジェンダーベンディング英語版(性別に関する伝統的な規範にとらわれず自らを表現すること)を含んでおり、スリーピース・スーツを着たレイニーの姿を呼び物にしていた。男装をしたレイニーが女性たちと話しこんでいるところを近くから警察官がこっそりと窺っている様子が描かれている[31]

同時代の多くのブルース歌手とは異なり、レイニーは自らが歌った歌の少なくとも三分の一は自分で書いた。それにはクラシック・ブルース」のジャンルにおいてスタンダード曲となった「ムーンシャイン・ブルース」や「「マ・レイニーズ・ブラック・ボトム英語版」など彼女の最も有名な曲の多くが含まれている[31]

1920年代を通じて、マ・レイニーは合衆国で最もダイナミックなパフォーマーの一人であるという評判を得た。その名声はおもに彼女のソングライティング、ショーマンシップそして歌声に負っていた[31]。レイニーとそのバンドは劇場所有者出演契約協会の巡業で週当たり350ドルの稼ぎを手にすることができた。それはベッシー・ブラウン&ジョージ・ウィリアムズの稼ぎの2倍であったが、ベッシー・スミスが最終的に意のままにした金額の半分強であった[32]

1920年代の終りに向かって、ライヴのヴォードヴィルは衰退していき、ラジオや録音物に取って代わられた[26]。マ・レイニーとパ・レイニーはダニーという名前の息子を養子にした。ダニーはのちに両親の音楽ショーに加わった。レイニーはベッシー・スミスとの関係を深めていった。ふたりは非常に親密になったのでその間柄は恋愛的な性質のものなのではなかろうかという噂が飛び交った[10]。またスミスはかつてマ・レイニーを牢獄から出すために保釈金を支払ったという噂も流れた[29]

レイニー夫妻は1916年に別居した[33][3]

1930年にリリースされてヒットしたレイニーのシングル曲「ブラック・アイド・ブルース」は夫の暴力と浮気によって無情な仕打ちを受けた女性、ミス・ナンシーの架空のストーリーを物語ってみせた[34]。レイニーは異性愛規範に対して挑み、異なるセクシュアル・アイデンティティの人々が何一つ隠すことなく自分らしくいられる場所を創造するのに貢献したことで有名であった。

1935年、レイニーは故郷のジョージア州コロンバスに帰り、その死を迎えるまで、3つの劇場の経営者として過ごした[35]。コロンバスのリバティ劇場とジョージア州ロームのリリック劇場およびエアドローム劇場である[36]。レイニーは1939年に心臓発作で亡くなった[37][38][3]

レガシーと名誉

マ・レイニーは現在「クラシック・ブルース」として知られているジャンルを創出した一方、それまでになかったやり方で黒人の生活を描き出すこともした。音楽の革新者として、レイニーはコミカルなタイミングを伴うミンストレルやヴォードヴィルといった演芸の伝統と、全国を股に掛けて行った巡業の最中に出会ったアメリカのブルースのさまざまに混じり合った伝統とを土台にして成長した。レイニーは北部と南部、田舎と都会の聴衆を引き付けるジャンルを開拓するのに貢献した[31]

あふれる活気と威厳のある調子で歌うレイニーの特徴的な低いダミ声はルイ・アームストロング、ジャニス・ジョプリンボニー・レイットなど数多くの模倣者を鼓舞した[31]

その歌詞において、レイニーは同時代人がほとんど為し得なかったやり方で、広い範囲にわたる感情と体験を反映させて、黒人女性の経験を描き出した。その1999年の著書『ブルースのレガシーとブラック・フェミニズム』において、アンジェラ・デイヴィスは、レイニーの歌は「男性と同じように開けっぴろげにふるまう権利をはっきりと祝福する」女性、「男性と同じように望ましからざる振る舞いに出る権利をさえはっきりと祝福する」女性で満ちていると書いた[39]。レイニーの歌において、彼女と他の黒人女性たちは復讐のために乱交し、夜通し酒を飲んでどんちゃん騒ぎをし、白人中産階級女性にふさわしい振る舞いといった考え方を逸脱する生活を概して送っている[40]。黒人女性のセクシュアリティの描写、とりわけ異性愛規範のしきたりに反抗するそれらの描写は女性のあるべき姿という考え方と戦い、アリス・ウォーカーが自らの小説『カラーパープル』の登場人物を造形するのを鼓舞した[41]。性的逸脱を自慢するのが当時の男性の歌では人気だったが、レイニーの作品におけるこれらの主題の使用は彼女を猛烈なまでに独立不羈で、かつ大胆不敵であるとして世に認めさせ、多くの人々がレイニーのこれら主題の使用とヒップホップにおけるその現代的な使用との間に関連性を見出している[42]

レイニーは舞台で、ダチョウの羽根飾り、繻子のガウン、スパンコール、金のネックレス、ダイヤモンドのティアラそして金歯といった、派手で高価な衣装を身につけることを開拓したファッション・アイコンでもあった[31]

レイニーは1983年にブルースの殿堂入りを果たし、1990年にはロックの殿堂入りを果たした[43]。1994年、アメリカ合衆国郵便公社はレイニーの栄誉を称えて29セントの記念切手を発行した。2004年には「シー・シー・ライダー・ブルース」(1924年演奏)がグラミーの殿堂入りを果たし、アメリカ議会図書館全米録音資料保存委員会によって全米録音資料登録簿に加えられた[44]

コロンバスにあるマ・レイニーの自宅

2007年にはマ・レイニーの功績を称えてコロンバスに小さな博物館も開館した。博物館はレイニーが母親のために建て、その後、1935年から1939年の死までの間、レイニー自身が住んだまさにその家の中にある[45]

年に一度のマ・レイニー国際ブルース・フェスティバルの第1回目が、2016年4月にジョージア州コロンバスにおいて、レイニーが亡くなった当時所有し、居住していた家の近くで開催された[46][47]。2017年にはジョージア州コロンバスにレイニーと作家のカーソン・マッカラーズに敬意を表して名付けられたレイニー=マッカラーズ芸術学校が開校した[48]

2023年、レイニーはグラミー生涯業績賞を死後受賞した。その発表に際しては、彼女の「底力の籠もった歌声と観る者の心を奪う舞台での存在感」および彼女が「100曲近く録音をし、その多くが全米ヒットであって今やアメリカ音楽の規範の一部である」ことが特筆された[49]

大衆文化において

スターリング・A・ブラウンは1932年に「マ・レイニー」という詩を書いた。これは「マ・レイニーが町にやって来たとき」人々は町のどこにいようとも彼女の歌声を耳にしたものだったという内容である。1981年にサンドラ・リーブは初めてのレイニーに関する詳細な書物『ブルースの母:マ・レイニーの研究』を書き上げた[50]

『マ・レイニーのブラックボトム』の舞台、2009年

オーガスト・ウィルソンによる1982年の戯曲『マ・レイニーのブラックボトム』は1927年を舞台としてレイニーの同名曲の録音に関する顛末を物語ったフィクションである。テレーザ・メリットウーピー・ゴールドバーグがオリジナルおよびリバイバルのブロードウェイ作品でそれぞれ主役を演じた。この作品の2020年の映画化に際してはヴィオラ・デイヴィスがレイニー役を演じ、アカデミー主演女優賞にノミネートされた[51]

モニークはベッシー・スミスの生涯を描いた2015年のテレビ映画『ベッシー』においてレイニー役を演じ、プライムタイム・エミー賞助演女優賞にノミネートされた[52]

録音

この並べ替え可能な表はレイニーによる録音全94曲を表示している[53]

  • 録音日はおおよその日付である。
  • サンドラ・リーブによる分類はほぼ完全に形式によるものである。12小節構成を部分的にしか持たないブルースの楽曲は、ブルースとポピュラーソングの形式のミックスとして分類される。12小節構成あるいは8小節構成を全く持たない楽曲は、非ブルースとして分類される[54]
  • JSPとDOCDの列は、2種類のCD再発コンプリート盤を参照している[55][56]
  • 並べ替えるにはラベルをクリックする。時系列順に戻すには#をクリックする。
#原盤録音日タイトル伴奏パラマウント
発売番号
サンドラ・リーブ
分類
JSP
77933
ドキュメント
DOCD
注記
0115961923/12"Bad Luck Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1208112小節ブルースA5581
0215971923/12"Bo-Weavil Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12080ブルースとポピュラーソング形式のミックスA5581JSP及びDOCD盤に別テイク
0315981923/12"Barrel House Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1208212小節ブルースA5581
0415991923/12"Those All Night Long Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12081非ブルースA5581JSP及びDOCD盤に別テイク
0516081923/12"Moonshine Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12083ブルースとポピュラーソング形式のミックスA5581
0616091923/12"Last Minute Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1208012小節ブルースA5581
0716121923/12"Southern Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1208312小節ブルースA5581
0816131923/12"Walking Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1208212小節ブルースA5581
0916981924/03"Lost Wandering Blues"プルイット・ツインズ1209812小節ブルースA5581
1016991924/03"Dream Blues"プルイット・ツインズ1209812小節ブルースA5581
1117011924/03"Honey Where You Been So Long?"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12200非ブルースA5581
1217021924/03"Ya-Da-Do"ジョージア・ジャズ・バンド12257非ブルースA5581JSP及びDOCD盤に別テイク
1317031924/03"Those Dogs of Mine"
"(Famous Cornfield Blues)"
ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12215非ブルースA5581
1417041924/03"Lucky Rock Blues"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
12215ブルースとポピュラーソング形式のミックスA5581
1517411924/04"South Bound Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12227非ブルースA5581
1617581924/05"Lawd Send Me a Man Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12227非ブルースA5581
1717591924/05"Ma Rainey's Mystery Record"ラヴィー・オースティン
ブルース・セレネイダーズ
1220012小節ブルースA5581
1818241924/08"Shave 'Em Dry Blues"プルイット・ツインズ[57]122228小節ブルースB5581
1918251924/08"Farewell Daddy Blues"プルイット・ツインズ[58]1222212小節ブルースB5581
2019221924/10"Booze and Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1224212小節ブルースB5582
2119231924/10"Toad Frog Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1224212小節ブルースB5582
2219241924/10"Jealous Hearted Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1225212小節ブルースB5582
2319251924/10"See See Rider Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12252ブルースとポピュラーソング形式のミックスB5582ルイ・アームストロング共演; JSP及びDOCD盤に別テイク
2419261924/10"Jelly Bean Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12238ブルースとポピュラーソング形式のミックスB5582ルイ・アームストロング共演
2519271924/10"Countin' the Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1223812小節ブルースB5582ルイ・アームストロング共演; JSP及びDOCD盤に別テイク
26100011924/11"Cell Bound Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12257ブルースとポピュラーソング形式のミックスB5582
2721361925/05"Army Camp Harmony Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1228412小節ブルースB5582JSP及びDOCD盤に別テイク
2821371925/05"Explaining the Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1228412小節ブルースB5582JSP及びDOCD盤に別テイク
2921381925/05"Louisiana Hoo Doo Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1229012小節ブルースB5582
3021381925/05"Goodbye Daddy Blues"ジョージア・ジャズ・バンド12290ブルースとポピュラーソング形式のミックスB5582
3122091925/05"Stormy Seas Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1229512小節ブルースB5582JSP及びDOCD盤に別テイク
3222101925/08"Rough and Tumble Blues"ジョージア・バンド1231112小節ブルースB5582
3322111925/08"Night Time Blues"ジョージア・バンド1230312小節ブルースB5582JSP及びDOCD盤に別テイク
3422121925/08"Levee Camp Moan"ジョージア・バンド12295非ブルースB5582
3522131925/08"Four Day Honorary Scat"ジョージア・バンド12303非ブルースB5582"'Fore Day"の誤植; JSP及びDOCD盤に別テイク
3622141925/08"Memphis Bound Blues"ジョージア・バンド1231112小節ブルースB5582
3723691925/12"Slave to the Blues"ジョージア・バンド1233212小節ブルースC5583
3823701925/12"Yonder Come the Blues"ジョージア・バンド12357非ブルースC5583
3923711925/12"Titanic Man Blues"ジョージア・バンド12374ブルースとポピュラーソング形式のミックスC5583JSP及びDOCD盤に別テイク
4023721925/12"Chain Gang Blues"ジョージア・バンド1233812小節ブルースC5583
4123731925/12"Bessemer Bound Blues"ジョージア・ジャズ・バンド1237412小節ブルースC5583JSP及びDOCD盤に別テイク
4223741925/12"Oh My Babe Blues"ジョージア・バンド12332非ブルースC5583
4323751925/12"Wringing and Twisting Blues"ジョージア・バンド12338非ブルースC5583
4423691925/12"Stack O'Lee Blues"ジョージア・バンド12357バラードC5583
4524481926/03"Broken Hearted Blues"ジョージア・バンド1236412小節ブルースC5583DOCD5625盤に別テイク
4624511926/03"Jealousy Blues"ジョージア・バンド12364非ブルースC5583DOCD5660盤に別テイク
4724521926/03"Seeking Blues"ジョージア・バンド12352ブルースとポピュラーソング形式のミックスC5583JSP及びDOCD盤に別テイク
4824661926/03"Mountain Jack Blues"ジミー・ブライス (ピアノ)1235212小節ブルースC5583JSP及びDOCD盤に別テイク
4926271926/06"Down in the Basement"ジョージア・バンド12395非ブルースC5583
5026281926/06"Sissy Blues"ジョージア・バンド1238412小節ブルースC5583
5126291926/06"Broken Soul Blues"ジョージア・バンド12384非ブルースC5583
5226311926/06"Trust No Man"リリアン・ヘンダーソン (ピアノ)12395非ブルースC5583
534051926/11"Morning Hour Blues"ジミー・ブライス (ピアノ)
ブラインド・ブレイク (ギター)
1245512小節ブルースD5584
544071926/11"Weepin' Woman Blues"ジョージア・ボーイズ1245512小節ブルースD5584
554081926/11"Soon This Morning"ジョージア・バンド1243812小節ブルースD5584
5640191926/12"Little Low Mamma Blues"ブラインド・ブレイク (ギター)
おそらく、ルロイ・ピケット (ヴァイオリン)
1241912小節ブルースD5584
5740201926/12"Grievin Hearted Blues"ブラインド・ブレイク (ギター)
おそらく、ルロイ・ピケット (ヴァイオリン)
12419ブルースとポピュラーソング形式のミックスD5584
5840211926/12"Don't Fish in My Sea"ジミー・ブライス (ピアノ)1243812小節ブルースD5584
5940821927/08"Big Boy Blues"ジョージア・バンド1254812小節ブルースD5584
6040831927/08"Blues Oh Blues"ジョージア・バンド12566非ブルースD5584
6140901927/08"Damper Down Blues"ジョージア・バンド1254812小節ブルースD5584
6240911927/08"Gone Daddy Blues"ジョージア・バンド12526ブルースとポピュラーソング形式のミックスD5584
6340921927/08"Oh Papa Blues"ジョージア・バンド12566非ブルースD5584
6447071927/08"Misery Blues"ジョージア・バンド12508非ブルースD5584
6547081927/08"Dead Drunk Blues"ジョージア・バンド1250812小節ブルースD5584
6647091927/08"Slow Driving Moan"ジョージア・バンド12526ブルースとポピュラーソング形式のミックスD5584
67202281927/12"Blues the World Forgot—Part 1"ジョージア・バンド12647コメディD5584
68202291927/12"Ma Rainey's Black Bottom"ジョージア・バンド12590非ブルースD5584
69202301927/12"Blues the World Forgot—Part 2"ジョージア・バンド12647コメディD5584
70202311927/12"Hellish Rag"ジョージア・バンド12612非ブルースD5584
71202321927/12"Georgia Cake Walk"ジョージア・バンド12590コメディD5584
72202331927/12"New Bo-Weavil Blues"ジョージア・バンド12603ブルースとポピュラーソング形式のミックスD5584
73202321927/12"Moonshine Blues"ジョージア・バンド12603ブルースとポピュラーソング形式のミックスD5584
74202331927/12"Ice Bag Papa"ジョージア・バンド12612非ブルースD5584
75206611928/06"Black Cat Hoot Owl Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1268712小節ブルースE5156バンドリーダー: ジョージア・トム
76206621928/06"Log Camp Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1280412小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム
77206631928/06"Hear Me Talking to You"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1266812小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム
78206641928/06"Hustlin' Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1280412小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム
79206651928/06"Prove It on Me Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド12668非ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム
80206661928/06"Victim of the Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1268712小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム
81206671928/06"Traveling Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1270712小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム; JSP及びDOCD5216盤に別テイク
82206681928/06"Deep Moaning Blues Blues"タブ・ジャグ・ウォッシュボード・バンド1270712小節ブルースE5156バンドリーダー:ジョージア・トム;
JSP及びDOCD盤に別テイク
83208781928/09"Daddy Goodbye Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
129638小節ブルースE5156
84208791928/09"Sleep Talking Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1276012小節ブルースE5156JSP及びDOCD盤に別テイク
85208801928/09"Tough Luck Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1273512小節ブルースE5156
86208811928/09"Blame It on the Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1276012小節ブルースE5156
87208821928/09"Sweet Rough Man"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1292612小節ブルースE5156
88208831928/09"Runaway Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1290212小節ブルースE5156
89208851928/09"Screech Owl Blues"エディ・ミラー (ピアノ)1273512小節ブルースE5156
90208861928/09"Black Dust Blues"エディ・ミラー (ピアノ)1292612小節ブルースE5156
91208971928/09"Leaving This Morning"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1290212小節ブルースE5156
92208981928/09"Black Eye Blues"ジョージア・トム・ドーシー (ピアノ)
タンパ・レッド (ギター)
1296312小節ブルースE5156JSP及びDOCD盤に別テイク
93209211928/10"Ma and Pa Poorhouse Blues"パパ・チャーリー・ジャクソン (デュエット&バンジョー)1271812小節ブルースE5156
94201441928/10"Big Feeling Blues"パパ・チャーリー・ジャクソン (デュエット&バンジョー)1271812小節ブルースE5156

注記

参考文献

その他の文献

外部リンク

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