マーク・トレディニック
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Mark Tredinnick マーク・トレディニック | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 職業 | 詩人・ネイチャーライティング作家・教育者 |
| 活動期間 | 2003年 – |
| 配偶者 | ジョディ・ウィリアムズ(Jodie Williams) |
| 受賞 |
オーストラリア勲章メダル(OAM、2020年) モントリオール国際詩賞(2011年) カーディフ国際詩賞(2012年) |
マーク・トレディニック(w:Mark Tredinnick、1962年 – )は、オーストラリアのネイチャーライティング作家、詩人、エッセイスト、教育者。詩・散文合わせて18冊以上の著書を持ち、2003年以降に300を超える詩・エッセイ・書評・論文・書籍を発表している[1]。シドニー大学で30年以上にわたって詩と創作を教えており、2018年には同大学の詩人レジデントを務めた。
自然・風景・場所・精神的景観をテーマとする作風で知られ、詩人のアンドリュー・モーション卿は「古代から受け継がれてきたテーマ——特に人間と風景の関係——が鋳直され、新たな生命を吹き込まれた、大胆で広大な思索の詩だ」と評している[2]。2011年にモントリオール国際詩賞、2012年にカーディフ国際詩賞を受賞し、2020年には文学・教育への貢献に対してオーストラリア勲章メダル(OAM)を授与された[3]。
ニューサウスウェールズ州エッピング生まれ[4]。シドニー大学で法学と文学を学び(両分野で優等学位を取得)、弁護士として法律事務所に勤務した。しかし法律の世界には馴染めず、その後約10年間を出版社の編集者として過ごした[5]。西シドニー大学社会生態学部でMBAと文学・生態学の博士号を取得した[6]。
1990年代後半に出版社を退職したのち、執筆と教育に専念するようになった。当初は散文やエッセイを中心に書いていたが、2000年代後半から本格的に詩に取り組み始めた。最初の詩集『The Road South』は2008年に音声CDとして発表され、初めての印刷詩集となる『Fire Diary』は2010年に出版された[7]。
シドニー大学でネイチャーライティング等を講義するほか、アラスカ・モンタナ・ネブラスカ・ネバダ各大学、ウェールズのアベリストウィス大学、ウェールズ・トリニティ・セントデイビッズ大学でも客員教授・教育滞在を行っている。アデレード・ブリスベン・シドニー・パース・オックスフォード・ウブド文学フェスティバル、オタワ詩祭(VerseFest)など世界各地の文学・詩フェスティバルにも参加している。
2019年4月には北京の魯迅文学院(Lu Xun Academy)に1か月間の滞在を行い、その際100篇の詩の中国語訳選集『House of Thieves』が中国で刊行された[8]。現在はパートナーのジョディ・ウィリアムズとともにシドニー南西のウィンジャリビー(Wingecarribee)に暮らしている。
学術的業績・文学的特徴
トレディニックのネイチャーライティング作品は、風景・場所・生態系・言語の相互関係という主題を一貫して探求している。詩と散文の両方において、オーストラリアの自然景観——ブルーマウンテンズやニューサウスウェールズ南部高原地帯など——が重要なモティーフとなっている。詩人のジュディス・ビヴァレッジは「地理的な場所のみならず、精神的・道徳的風景においても、私たちの時代で最も優れた場所の詩人の一人だ」と評している[9]。
詩の形式においては、伝統的な牧歌的モードと現代の生態学的思想とを結びつけた流麗な詩行が特徴とされる[10]。詩人のジェーン・ハーシュフィールドは「バランスの取れた一艘のカヌーのようで、より大きな海を軽やかに進む——それがトレディニックの長詩の感触だ」と述べている[11]。
散文作品においては、場所への愛着と風景の本質的な性質を探求する「ランドスケープ・メモワール(landscape memoir)」という独自のジャンルを切り開いた。主著『The Blue Plateau: A Landscape Memoir』(2009年)は、ブルーマウンテンズの砂岩台地帯における生の様式を詩的散文で描き、クイーンズランド州首相文学賞(ノンフィクション部門)を受賞し、首相文学賞にもノミネートされた[12]。
また、ライティングの手引書も複数執筆しており、『The Little Red Writing Book』(2006年)はオーストラリア国内外で広く読まれているライティング教育のテキストとなっている[13]。
博士論文では「ネイチャーライティング」の本質を考察し、その実践的成果が『The Blue Plateau』として結実した。この研究を通じて、アメリカのバリー・ロペスやウェンデル・ベリーら自然文学の系譜に連なりつつ、オーストラリアの固有の風景・文化・先住民の土地との関わりを詩的言語で探求する独自の立場を確立した[14]。
主な著作
※ 2026.4時点では、邦訳は見当たらない
詩集
- The Road South (音声CD). River Road Press, 2008.
- Fire Diary. Pitt Street Poetry, 2010.
- The Lyrebird (チャップブック). Pitt Street Poetry, 2011.
- Bluewren Cantos. Pitt Street Poetry, 2013.
- A Gathered Distance. Birdfish Books, 2020.
- Walking Underwater. Pitt Street Poetry, 2021.
- House of Thieves (中国語訳選集を含む). 2022.
- A Beginner's Guide. 2023.
散文・ノンフィクション
- A Place on Earth (編著、自然文学アンソロジー). 2003(オーストラリア)/ 2004(米国).
- The Land's Wild Music. 2005.
- The Little Red Writing Book. 2006.
- The Little Green Grammar Book. 2008.
- Writing Well: The Essential Guide. 2008.
- The Blue Plateau: A Landscape Memoir. 2009(オーストラリア)/ 2010(米国).
- The Little Black Book of Business Writing (ジェフ・ホワイトとの共著). 2010.
- Australia's Wild Weather. 2011.
- Australian Love Poems (編著). Inkerman & Blunt, 2013.
- Bright Crockery Days (編著). 5 Islands Press, 2024.
- Chain of Ponds: New and Selected Poems. 5 Islands Press, 2026(予定).
- The Six Gifts (エッセイ集). 2027(予定).
- Reading Slowly at the End of Time. (刊行予定).
受賞・栄誉
- オーストラリア勲章メダル(OAM)——文学・教育への貢献(2020年、オーストラリア・デイ叙勲)[15]
- チベット金羚羊(ゴールデン・アンテロープ)国際詩賞——中国・青海湖国際詩フェスティバル主催、外国人詩人に贈られる最高賞(2023年)[16]
- モントリオール国際詩賞——"Walking Underwater"(2011年)[17]
- カーディフ国際詩賞——"Margaret River Sestets"(2012年)[18]
- ニューキャッスル詩賞——"Eclogues"(2007年)、"The Wombat Vedas"(2011年)
- ブレイク詩賞——"Have You Seen"(2008年)[19]
- グウェン・ハーウッド詩賞——"The Child & Time"(2005年)
- クイーンズランド州首相文学賞(ノンフィクション部門)——『The Blue Plateau』(2010年)[20]
- 西オーストラリア州首相図書賞(詩部門)——『Fire Diary』(2011年)
- カリブル・エッセイ賞
- ACU文学賞——"The Horse"(2016年)
- ロン・プリティ詩賞——"Panic Very Softly, Love"(2017年)
- 首相文学賞ノミネート——『The Blue Plateau』(2010年)[21]
- シドニー大学詩人レジデント(2018年)[22]
思想・考え方
トレディニックの思想の中心にあるのは、「場所(place)」と「言語(language)」の不可分な関係性である。彼は詩人としての使命を、特定の場所の「構文(syntax)」——その地形・生態系・歴史・記憶が組み合わさって生まれる固有のリズムと意味——を言語によって解読し、読者に伝えることと捉えている。彼の公式サイトには「私たちの未来と、その中での私たちの立ち位置は、土地と言語の健康をいかにうまく守るかにかかっているかもしれない」という言葉が記されており、詩と生態学的責任の連動を強調している[23]。
詩という形式そのものについては、「詩は世界言語だ——日常の理論・政治・商業・デジタルの雑音が見落としている、世界のもう一つの生を捕まえ、解き放つ」と述べており、詩が持つ感知・証言の機能を重視している[24]。詩は分析的・論理的言語では届かない「人間であることの内側の感覚」を捉えうる唯一の芸術形式であるという確信が、彼の詩学の根底にある。
詩への転向については、詩こそが自分を最も完全に表現できる形式だと気づくまでに時間がかかったと率直に語っている。法律・出版・ビジネスと遠回りをしたことで、愛すること、失うこと、人生の代償を理解できたのであり、その経験が詩を書くうえで不可欠だったと考えている。詩を「遅い生の実践であり、深い語りかけ」と表現するように、彼はスピードよりも深さを、効率よりも精度を重んじる創作哲学を持つ[25]。
また近年は、非先住民の書き手がオーストラリアの風景を描く際の倫理と責任についても論じており、バリー・ロペスやグレゴリー・デイらの仕事を参照しながら、「耳を傾けること」と「応答すること」を中心とした価値体系を提唱している[26]。