マーク・ロウリネイティス

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リングネーム ザ・ターミネーター
ザ・レッキング・クルー
フューリー
マーク・ロウリネイティス
本名 マーカス・ロウリネイティス
ニックネーム 破壊軍師
身長 185cm
ザ・ターミネーター
ザ・ターミネーターの画像
1988年
プロフィール
リングネーム ザ・ターミネーター
ザ・レッキング・クルー
フューリー
マーク・ロウリネイティス
本名 マーカス・ロウリネイティス
ニックネーム 破壊軍師
身長 185cm
体重 122kg(全盛時)
誕生日 (1965-12-21) 1965年12月21日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミネソタ州の旗 ミネソタ州
ヘネピン郡ミネアポリス
トレーナー ネルソン・ロイヤル
ジン・アンダーソン
デビュー 1987年
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マーク・ロウリネイティスMarcus "Mark" Laurinaitis1965年[1]12月21日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラー

ジョー・ロウリネイティス(ロード・ウォリアー・アニマル)とジョン・ロウリネイティス(ジョニー・エース)は兄にあたる。

レッキング・クルー

NWAジム・クロケット・プロモーションズでリング・クルーをしながらネルソン・ロイヤルに師事し、1987年フロリダ地区のFCWでデビュー。プロモーターのマイク・グラハムにより、アーノルド・シュワルツェネッガー映画にちなんだザ・ターミネーターThe Terminator)のリングネームギミックを与えられる[2]。同年11月には全日本プロレスに初来日、『世界最強タッグ決定リーグ戦』にトム・ジンクと組んで出場した[3]

帰国後の12月、U・S・スティールを破ってFCWフロリダ・ヘビー級王座を奪取[4]。翌1988年9月には兄のジョニー・エースとのコンビで同タッグ王座も獲得し、ナスティ・ボーイズと抗争を展開した[5]1989年2月、全日本プロレスの『エキサイト・シリーズ』に再来日[6]。同シリーズにはロード・ウォリアー・アニマルやジョニー・エースも揃って参戦しており、兄弟トリオを組んで6人タッグマッチにも出場した[7]

1991年1月には「マーク・ローリネイティ」の表記で新日本プロレスに来日。1月4日から17日にかけて、ビッグバン・ベイダーTNTらと共に『ニューイヤー・ダッシュ'91』に参戦した[8]

1992年、フロリダのインディー団体IWFにてフューリーFury)と名乗り、レイジことアル・グリーン英語版とのタッグチームレッキング・クルーThe Wrecking Crew)を結成。同年3月28日、キップ・ウィンチェスター&ブレット・コルトのロング・ライダーズ(後のスモーキン・ガンズ)からIWFタッグ王座を奪取している[9]

以降もレッキング・クルーでの活動を続け、1993年1月よりWCWに登場。WCW世界タッグ王者の2・コールド・スコーピオ&マーカス・バグウェルをはじめ、テックス・スラシンジャー&シャンハイ・ピアースカクタス・ジャック&ザ・バーバリアンなどのチームと対戦した[10]

1994年オットー・ワンツの主宰するヨーロッパCWAに遠征、7月24日にデイブ・フィンレー&ジョニー・ホークを破り、CWA世界タッグ王座を獲得した[11]。CWAでは、世界ヘビー級王者のランボートニー・セント・クレアーアレックス・ライトらとのシングルマッチも行われている[12]

1995年は2月開幕の『エキサイト・シリーズ』と6月開幕の『サマー・アクション・シリーズ』の2度に渡って全日本プロレスに来日[13]。7月24日の『サマー・アクション・シリーズ』最終戦における日本武道館大会では、ダグ・ファーナス&ダニー・クロファットカンナム・エクスプレスと対戦した[14]

参考文献

  • アニマル・ウォリアー、アンドリュー・ウィリアム・ライト『ロード・ウォリアーズ 破滅と絶頂』東邦出版、2011年。ISBN 4809409511 

獲得タイトル

脚注

外部リンク

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