マーチン メリーランド
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アメリカ軍に不採用となったモデル 167に最初に目を付けたのはフランスで、マーチン 167Fの名で215機を発注した。後にグレン・マーチン 167 A-3 (Glenn Martin 167 A-3) と正式に命名された。1939年1月から引き渡されるとフランス空軍では考えていたが、アメリカ合衆国の輸出規制によって輸出が遅延し、1940年5月のフランスの降伏までに引き渡された機体は4個飛行隊分に過ぎなかった。しかし、LeO 451よりも優れた速度と操縦性であったため少数ではあったが重宝された。
フランスへ輸出し遅れた75機は、イギリスに送られた。イギリス空軍がメリーランド Mk Iの名で採用した。Mk Iのエンジンを2段2速式過給器付きのものに換装したものがMk IIで、イギリス空軍はこれを150機発注した。メリーランドは主に偵察爆撃機として使用された。
