ミケランジュ・スロッツ

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生誕 1705年9月27日
フランス、パリ
死没 1764年10月26日
フランス、パリ
ミケランジュ・スロッツ
Michel-Ange Slodtz
シャルル=ニコラ・コシャンの原画による肖像版画(c.1757)
生誕 1705年9月27日
フランス、パリ
死没 1764年10月26日
フランス、パリ
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パリ、Hôtel de la Marine(オテル・ド・ラ・マリーヌ)の装飾彫刻

ミケランジュ・スロッツと呼ばれたルネ=ミシェル・スロット(Michel-Ange Slodtz、本名:René-Michel Slodtz、1705年9月27日 - 1764年10月26日)はフランスバロック期の彫刻家である。

パリで生まれた。父親のセバスチャン・スロッツ(Sébastien Slodtz: 1655-1726)はアントウェルペン出身の彫刻家で、1685年から、パリのフランソワ・ジラルドン(François Girardon)の工房で働き、ヴェルサイユ宮殿などの装飾彫刻をで知られる。兄弟のセバスチャン=アントワーヌ・スロッツ(Sébastien-Antoine Slodtz: 1695-1754)とポール=アンブローズ・スロッツ(Paul-Ambroise Slodtz: 1702-1758)は彫刻家になり、ドミニク=フランソワ・スロッツ(Dominique-Francois Slodtz: c.1710-1764)は画家になった。

1730年頃からローマで17年間働き、ローマでは「ミケランジェロ」の仇名で呼ばれ、フランスに戻った後も、ミケランジュ・スロッツと呼ばれた。1744年にヴァチカンのサン・ピエトロ寺院に置かれた聖ブルーノの像の作者に選ばれ[1]サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会やサンタ・マリア・デッラ・スカーラ教会などの仕事をした。ローマでは彫刻家のシャルル・フランソワ・ユタンや画家のユベール・ロベールを指導している。

1747年にフランスに帰国し、兄弟のセバスチャン=アントワーヌ・スロッツやポール=アンブローズ・スロッツとパリの教会の装飾の仕事をし、聖メリ教会(Eglise Saint-Merry)の装飾の仕事やサン=シュルピス教会のJean-Baptiste Languet de Gergyの墓石やモニュメントの制作などで知られる。

同僚のギヨーム・クストゥー(Guillaume Coustou le Jeune: 1716-1777)とともに建築家アンジュ=ジャック・ガブリエルの設計した建築の装飾彫刻も行った。

作品

脚注

参考文献

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