ミツバチ族
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1960年代後半から1970年代末期にかけて存在したカニ族は日本国有鉄道の合理化などによって次第に淘汰されていった。その代わりに1980年代に入るとオートバイブームによってバイクで北海道を旅する若者が多くみられるようになった[1][2][3]。こうした若者はぶんぶん走り回ること[注釈 1]からミツバチ族と呼ばれるようになった[1][4]。1986年(昭和61年)からは日本国有鉄道が上野 - 函館間で「MOTOトレイン」を運行する。これは急行八甲田に繋いだ荷物車にオートバイを積載し、ライダーはB寝台車で青森まで移動、青森からは青函連絡船で航送するものであった[5]。また、JR西日本でも同様に大阪 - 函館間の「モトとレール」が運行された[6]。これらの列車は1990年代前半に廃止されるまで多くのミツバチ族を北海道へと送り込んだ[注釈 2][7][8]。また、ブームの中でカニ族の時代からみられたライダーハウスは更に数を増やした[3]。一方でブームの中、事故を起こすライダーもみられた[9][10]。
1990年代の終盤になるとミツバチ族はほとんど見られなくなったが、現在でもライダーの間では北海道は聖地として知られている[11]。
脚注
注釈
- ↑ ヘルメットをかぶった姿がミツバチに似ているからとする資料も存在する。
- ↑ wikipediaのカートレインの記事では1998年まで運行との記載があるが、出典がないうえ、複数のライダーの執筆した記事で1990年代前半に無くなったとあるので本項では1990年代前半に無くなったとしている。
出典
- 1 2 田村喜子 (1998-06). “道の駅めぐり(11)十勝、釧路地方の浪漫と自然”. 道路 (688): 51. doi:10.11501/3309366.
- ↑ 『二つの日本・8月15日 : 30年をへだてて グラフィック・レポート』岩波書店、1986年12月、45頁。doi:10.11501/12230134。
- 1 2 小川克郎. “ライダー – 計装士会”. 2025年2月16日閲覧。
- ↑ “ライフフォトレポートみーんなを旅人+地元民にする札幌”. 経済ライフ 21 (8): 52. (1987-10). doi:10.11501/2853277.
- ↑ 松尾定行『JRのすべてがわかる本 : 新情報・新知識満載! (Kosaido books)』広済堂出版、1987年8月、43-44頁。doi:10.11501/12063563。
- ↑ 上前淳一郎『読むクスリ 29』文藝春秋、1998年6月、184-185頁。doi:10.11501/12411314。
- ↑ 青木タカオ (2021年8月26日). “バイク購入から編集長になるまで【2/4】 ガタゴト揺られて北の大地へ。「MOTOトレイン」はボクの青春!! - ForR”. ForR - レッドバロンからすべてのライダーへ. 2025年2月16日閲覧。
- ↑ “第26回 MOTOトレインという夜行列車があったという話し | バージンハーレー”. VIRGIN HARLEY. 2025年2月16日閲覧。
- ↑ 宝井琴梅 (1987-09). “全国津々浦々に心から笑える場を!”. 市政 (全国市長会館) 36 (9): 93. doi:10.11501/2711723.
- ↑ 『へき地医療の現状と対策 第10編 (無医地区対策に活躍するへき地中核病院の現状)』全国自治体病院協議会、1990年2月、168頁。doi:10.11501/12136083。
- ↑ “北海道が「ライダーの聖地」と呼ばれる、本当の理由とは……”. 【公式】BikeJIN(培倶人|バイクジン) (2018年7月9日). 2025年2月16日閲覧。
