ミニョン
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『ミニョン』(フランス語: Mignon)は、アンブロワーズ・トマのオペラ・コミックである[注釈 1]。1866年11月17日、パリのオペラ=コミック座で初演された。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を基にしている[1]。

概要
1859年にグノーが『ファウスト』で成功を収めたが、『ファウスト』は全編を貫く素朴な叙情性と豊かな感性で、一時代のフランスのオペラ界を支配したマイアベーア派[注釈 2]の慣習をある程度打ち破っており、トマも主題と音楽様式の両面で『ファウスト』の影響下で、生まれたのが、『ミニョン』なのである[2]。
初演とその後

トマは強力な配役が得られるまで、本作の初演を延期していたが、主役にセレスティーヌ・ガリ=マリエ、フィリーヌ役にマリー・ガベルが決まると初演し、本作は直ちに喝采を浴び、トマは『ファウスト』に勝る成功を手にしたのだった[2]。
イギリス初演は1870年7月5日ロンドンのドルリー・レーン劇場にて、クリスティーナ・ニルソンが出演した。アメリカ初演は1871年5月9日、ニューオリンズのフレンチ・オペラ・ハウスにて出演はデュメストル、ド・ケーゲル、ナッディ、ペリエらであった[3]。なお、イギリス初演の際にトマは、台詞をレシタティーヴォに置き換えたイタリア語版を作成、ミニョンをメゾソプラノからソプラノに、フレデリックをテノール・ブッフォからコントラルトのズボン役にそれぞれ改めた[4]。
1894年のうちにオペラ・コミック座は『ミニョン』の1,000回の公演を迎えるが、作曲者の生存中に1,000回の上演がされる初めての歌劇作品という栄誉に浴したのである[5]。1,000回の公演を迎えた際に、トマは最高位のレジョン・ドヌール勲章を授けられた[6]。
日本初演は1921年9月28日、東京の帝国劇場にて、ロシアのボリショイ劇場によって行われた。邦人による初演は1951年9月1日、新橋演舞場にて藤原歌劇団によって行われた[7]。
『ラルース世界音楽事典』は「この傑作がなぜ上演されることもないままに忘れ去られているのか、不思議に思われる。このオペラは初演以来1,900回近く上演されてきた(これは『ウェルテル』よりも多い)。そして、作品の中には有名なアリアがいくつも存在する。『ミニョン』が今日上演されないのは1887年5月25日の745回目の上演の際にサル・ファヴァール[注釈 3]が火事によって焼失したことに起因しているのだろうか」と疑問を呈している[8]。
音楽

グラウトによればトマの音楽は優雅、明晰、良く整い、旋律に富み、とりわけ本作では18世紀以来、ピエール=アレクサンドル・モンシニー、グレトリ、ボワエルデューを経て伝えられたフランスの価値ある特質を示している[9]。 『ニューグローヴ世界音楽大事典』によれば、『ミニョン』はその簡素で、美しい旋律と夢見るような感傷性により、ヨーロッパ各地の劇場のレパートリーに取り入れられた。また、声楽の性格描写は今なお効果的である。例えば、フィリーヌの移り気なポロネーズ・アリア「私はティタニア」は意図的なもので、プッチーニの『ラ・ボエーム』にヒントを与えたものと考えられる[2]。 さらに「トマの音楽は技術的な面、特にリズムの点ではしばしば凡庸である。謙虚さゆえか、想像力の欠如からか、トマはシャルル・グノーやジュール・マスネのように特色ある様式を確立することはなかった。しかし、『ミニョン』の〈ガヴォット〉に見られるように、彼の音楽の最良のものは明快かつ素朴で、人を魅了する旋律と簡素な和声の調和、軽妙な管弦楽法によって心地良い控え目な優雅さを備えていると言えよう」[10]。
リブレット


リブレットはジュール・バルビエとミシェル・カレによりフランス語で作成された。内容はゲーテの人気小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796年)を自由に脚色したものである。ヴィルヘルムが遍歴の途上に出会う、薄幸の少女ミニョンが突然死んでしまうところは原作に忠実だったが、そのせいで最初の公演の評判は良くなかった。なぜならオペラ・コミックはハッピーエンドで幕が下りるという伝統に反していたからである。そのため、台本に手直しが施され、最後はミニョンとヴィルヘルムが結ばれるバージョンが作られた[5]。
佐川吉男によれば、本作のリブレットは19世紀のオペラ作曲家の因習に耐えうるロマンティックな要素が積み上げられている。もう一つの成功要因としては、バルビエの劇場効果に対する感が冴えた脚色が良く、構成がしっかりしていたことが挙げられる。このオペラの終結部はオペラ・コミックの慣習に合せたハッピーエンドに改めた長短二通りの版と、主としてドイツ向けにタイトルロールの死で終わるようにした版が用意されている。作曲者自身によるハッピーエンドの短縮版でも演出・演奏が良ければ、少しも取ってつけたようにはならず、切実な感動を呼ぶのである[4]。
登場人物
| 人物名 | 原語 | 声域 | 役 | 初演時の配役 | 改訂版上演時の配役 1870年7月5日 |
|---|---|---|---|---|---|
| ミニョン | Mignon | メゾソプラノ | 旅芸人の一座で芸をさせられている可憐な少女。ヴィルヘルムに引き取られる。 | セレスティーヌ・ガリ=マリエ | クリスティーナ・ニルソン |
| フィリーヌ | Philine | コロラトゥーラソプラノ | 女優、ヴィルヘルムから熱烈に愛されている。 | マリー・ガベル | エリサ・ヴォルピーニ (Elisa Volpini) |
| ヴィルヘルム・マイスター | Wilhelm Meister | テノール | ウィーンの貴族の息子で学生 | レオン・アシャール (Léon Achard) | アレッサンドロ・ベッティーニ (Alessandro Bettini) |
| フレデリック | Frédéric | コントラルト[注釈 4] またはテノール | フィリーヌを熱愛する貴族 ヴィルヘルムの恋敵。 | ベルナール・ヴォワジ (Bernard Voisy) | ゼリア・トレベッリ=ベッティーニ |
| ラエルト | Laerte | バリトン | フィリーヌと同じ劇団の俳優 | ジョゼフ=アントワーヌ=シャルル・クデルク | エドゥアール・ガシエ (Edouard Gassier) |
| ロタリオ | Lothario | バス | 年老いた吟遊詩人 行方不明の娘を探している。 | ウジェーヌ・バタイユ | ジャン=バティスト・フォール |
| ジャルノ | Jarno | バス | 旅芸人一座の座長 | フランソワ・ベルナール (François Bernard) | ラグエ氏 (Signor Raguer) |
| アントニオ | Antonio | バス | 領主に仕える執事 | ダヴスト (Davoust) | ジョヴァンニ・ヴォルピーニ (Giovanni Volpini) |
| 合唱:市民・農民・旅芸人・俳優など 。 | |||||
楽器編成
上演時間
序曲約10分、第1幕60分、第2幕45分、第3幕40分 合計 約2時間35分
あらすじ
序曲
第1幕
- ドイツの宿屋の中庭
吟遊詩人ロタリオがドイツの田舎街に流れ着き、幼い頃にさらわれて行方不明となった娘を探してここまで流れ着いた過程を詠い上げる。同じ街に来ていた旅芸人一座の座長ジャルノはミニョンに踊れと命じ、ミニョンが疲れているので踊りたくないと命令を拒否したところ、ジャルノは鞭を取り出してミニョンを打とうとする。そこへ通りかかった学生ヴィルヘルムがジャルノを止める。ジャルノはそれでは損料を払ってもらうと言い張る。フィリーヌはそれを聞いて、財布を投げてやる。ミニョンはヴィルヘルムに助けてもらったお礼に花束を渡す。皆が立ち去って、ヴィルヘルムが一人になると、ラエルトが彼の訴状を聞きにやって来る。ヴィルヘルムが自分は学生だが、今は大学を離れて、諸国を旅していると言う。フィリーヌもやって来ると、彼は彼女の美しさを讃える。ラエルトとフィリーヌが立ち去るとミニョンが現れる。ヴィルヘルムが彼女の生い立ちを訊ねるが、子供の時さらわれた以外大したことを知らない。そして、ミニョンは〈アリア〉「君よ知るや南の国」 (Connais-tu le pays)を歌う。そこに現れたジャルノから、結局はヴィルヘルムが金を払ってミニョンを引き取ることにする。人々は自由の身となったミニョンを祝福するが、そこへヴィルヘルムが熱愛する女優フィリーヌと貴族の息子フレデリックが現れ、フレデリックの伯父である男爵の邸宅で開かれる演劇にヴィルヘルムを誘う。ミニョンはヴィルヘルムに駆け寄って、自分も男装して小姓としてお供させて欲しいと懇願する。ヴィルヘルムは渋々了承する。
第2幕
第1場
- 桟敷席がある部屋
ヴィルヘルムが自分を単なる子供としか見ていないことを知ってショックを受けたミニョンは、ヴィルヘルムの気を引きたい一心でフィリーヌの舞台衣装をこっそりと身に付ける。そこへヴィルヘルムとフレデリックがフィリーヌを巡って口論をしながら部屋へ入って来る。ミニョンは二人の喧嘩を止めるが、そのことが原因でミニョンはヴィルヘルムに突き放されてしまったうえ、フィリーヌからは衣装を勝手に着たことを責められる。
第2場
- 館の庭
フィリーヌへの嫉妬に苛まれるミニョンは邸宅の外でロタリオと再会する。ミニョンは辛い過去を打ち明け、慰め合う二人には親子のような絆が生まれる。男爵家で催された演劇「真夏の夜の夢」は大成功を収め、フィリーヌは満場の拍手で祝福される。フィリーヌは有頂天になって〈ポロネーズ〉「私はティタニア」(Je suis Titania)を歌う。我が娘のようなミニョンの不遇に同情するロタリオは、男爵の城に放火してしまう。炎に包まれる邸宅にミニョンが取り残されたことを知ったヴィルヘルムはミニョンを救い出す為に、燃え盛る邸宅へ単身、飛び込んで行く。
第3幕
- イタリアの豪邸の彫刻が多くある回廊

ヴィルヘルムに助け出されて一命は取り留めたものの、火傷を負ったミニョンはイタリアのとある城で療養することになるが、ヴィルヘルムはミニョンの自分に対する愛を知り、また自分もミニョンを愛していることに気付く。
城に仕える執事のアントニオは、この城の領主は幼い娘をさらわれてから見すぼらしい吟遊詩人に身をやつし、娘を探して各地を放浪するようになったことをヴィルヘルムに打ち明ける。ミニョンが行方不明の娘・スペラータであることを知ったロタリオは正気を取り戻し、三人は喜び合う。そして、ミニョンはヴィルヘルムと結ばれる。
※原作通りにミニョンがヴィルヘルムを愛する感情を抑え切れなくなり、激しい動悸にさいなまれながらヴィルヘルムの腕の中で天に召されるバージョンもある[注釈 5]。その場合、フィリーヌがミニョンを祝福する。
主要曲
- 「君よ知るや南の国」 Connais-tu le pays (第1幕、ミニョン)
- 「ツバメの二重唱」 Légères hirondelles(第1幕、ミニョン、ロタリオ)
- 「ガヴォット」 (第2幕への導入。ロンドン版ではフレデリックのアリア)
- 「貧しい子のことを」(スティリエンヌ[注釈 6]) Je connais un pauvre enfant (第2幕、ミニョン)
- 「さらばミニョン」 Adieu, Mignon!(第2幕、ヴィルヘルム)
- 「あの人は恋人」 Elle est aimée (第2幕、ミニョン)
- 「ミニョンとロタリオの二重唱」 As-tu Souffret? (第2幕)
- 「私はティタニア(ポロネーズ)」 Je suis Titania(第2幕、フィリーヌ)
- 「心の痛手も癒えて(子守歌)」 De son coeur j'ai calmé la fièvre(第3幕、ロタリオ)
- 「無邪気な彼女は信じなかった 」Elle ne croyait pas dans sa candeur naïve(第3幕、ヴィルヘルム)
- 「ここはどこ - 私は幸せです」 Où suis-je? - Je suis heureuse(第3幕、ミニョン、ヴィルヘルム)
主な録音・録画
| 年 | 配役 ミニョン ヴィルヘルム・マイスター フィリーヌ フレデリック ロタリオ |
指揮者 管弦楽団及び合唱団 |
レーベル |
|---|---|---|---|
| 1945 | リーゼ・スティーヴンス ジェイムズ・メルトン ミミ・ベンゼル エツィオ・ピンツァ リュシェル・ブラウニング |
ウィルフリード・ペルティエ メトロポリタン歌劇場管弦楽団 及び合唱団 |
CD: Sony Classics ASIN: B005LK8NR6 |
| 1953 | ジュヌヴィエーヴ・モワザン リベロ・デ・ルカ ジャニーヌ・ミショー フランソワ・ルイ・デシャン ルネ・ビアンコ |
ジョルジュ・セバスティアン ベルギー国立劇場管弦楽団 モネ劇場合唱団 |
(オリジナル音源:デッカ・レコード) CD: Preiser ASIN: B00008ADEP |
| 1977 | マリリン・ホーン アラン・ヴァンゾ ルース・ウェルティング ロジェ・ソワイエ フレデリカ・フォン・シュターデ |
アントニオ・デ・アルメイダ フィルハーモニア管弦楽団 アンブロジアン・シンガーズ |
CD: Sony Classical ASIN: B002DU7OPE |
| 1992 | リュシール・ヴィニョン アラン・ガブリエル アニック・マシス クリスティアン・ドレグイェー ジャン=マルク・ザルツマン |
ジャン・フルネ ピカルディ地方管弦楽団 フランス歌劇場合唱団 演出:ピエール・ジュルダン コンピエーニュ・インペリアル劇場 |
DVD:ニホンモニター・ ドリームライフ ASIN: B00005H5H0 |
| 1996 | リュシール・ヴィニョン アラン・ガブリエル アニック・マシス ジャン=フィリップ・クルティス フィリップ・エルムリエ |
ステファーヌ・ドゥネーヴ アンサンブル・オルケストラル・ハルモニア・ノヴァ フランス歌劇場合唱団 |
CD: Universal Classics France ASIN: B00004VLJA |

