ミハイロフ (リャザン州)
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ミハイロフは1546年の記録に初出し、モスクワ国家(ロシア・ツァーリ国)南部辺境の要塞都市のひとつとして言及される。この年、ミハイロフには南からの侵入を防ぐ新しい要塞(クレムリ)が完成している。当時、ミハイロフには銃兵隊ストレリツィ、大砲職人、大工らが住んでおり、要塞の周りにスロボダ(集落)を形成していた。ミハイロフはタタールやポーランド・リトアニア共和国の侵入を受けており、1610年と1618年にはポーランド軍による攻囲戦に耐えている。
1708年、ミハイロフはモスクワ県の一部となり、後にリャザン県の一部となった。ロシアの国境が広がりミハイロフは辺境ではなくなったため、要塞は18世紀に撤去された。
