ムルデカ宮殿
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座標
南緯06度10分13秒 東経106度49分27秒 / 南緯6.17028度 東経106.82417度座標: 南緯06度10分13秒 東経106度49分27秒 / 南緯6.17028度 東経106.82417度
着工
1873年
完成
1879年
| ムルデカ宮殿 | |
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| Istana Merdeka | |
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![]() | |
| 概要 | |
| 所在地 |
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| 座標 | 南緯06度10分13秒 東経106度49分27秒 / 南緯6.17028度 東経106.82417度座標: 南緯06度10分13秒 東経106度49分27秒 / 南緯6.17028度 東経106.82417度 |
| 着工 | 1873年 |
| 完成 | 1879年 |
| 設計・建設 | |
| 建築家 | Jacobus Bartholomeus Drossaers |
| 脚注 | |
| [1] | |
ムルデカ宮殿(ムルデカきゅうでん、尼: Istana Merdeka)は、インドネシア大統領の官邸である。首都ジャカルタの中心、ムルデカ広場の北側にあり、周辺は中央省庁が集まる官庁街となっている。6つある大統領官邸のひとつだが、最も重要な公式行事で使用される施設である。元はオランダ領東インド総督の官邸だった。
古くは、バタヴィア(ジャカルタ)の町は海岸近くにありオランダ領東インド総督官邸もそこにあったが、5㎞内陸に移転が計画され1804年に完成した。この官邸は小規模だったため次第に手狭となった。このため、1879年に規模を拡大した新官邸が南側に建設された。
総督官邸の周辺には新市街が形成され、バタヴィアの中心地に発展した。日本占領時期(1942年~1945年)には日本軍の司令部が入居した。1949年のインドネシア独立に伴って官邸はインドネシア政府に引き継がれ、ムルデカ(独立)宮殿と命名された。官邸の南には広大な練兵場があったが、現在はムルデカ広場となっている。
