メニル・コレクションの敷地は、ヒューストン南西の郊外のセント・トーマス大学付近にある。周囲は同じような色調の邸宅が並ぶ整った町並みになっているが、これらはデ・メニル夫妻が少しずつ買い上げて落ち着いた灰色に塗り替え、芸術家らに賃貸した家々である。
レンゾ・ピアノ の設計による美術館本館は、1987年 6月に開館した。建物外部に突き出したひさしから建物の上部までを一体となった平屋根が覆い、展示室の天井にはレンゾ・ピアノとピーター・ライス が工夫した、自然採光のための天窓と光を散乱させるためのルーバーが設けられており、やわらかい自然光が展示室を包んでいる。1995年 には同じくピアノの設計でサイ・トゥオンブリー ・ギャラリー(Cy Twombly Gallery)が開館したほか、ドミニク・デ・メニルの生涯最後の発注作品となったダン・フレヴィン のインスタレーション を展示したリッチモンド・ホール(Richmond Hall)、北キプロス のリシ(Lysi)の聖堂にあったフレスコ 画を収めたビザンティン・フレスコ・チャペル美術館(Byzantine Fresco Chapel Museum)といった付属の美術館が周囲にある。また水曜から金曜までの午後に公開されている図書館もある。
マーク・ロスコの大作を収めた超教派の教会ロスコ・チャペル(Rothko Chapel)もメニル夫妻により設立されたもので、メニル・コレクションの近隣に位置している。
ビザンティン・フレスコ・チャペル美術館の内部。ガラスの聖堂が中にある
本館から歩いて数分のところにある別館のビザンティン・フレスコ・チャペル美術館には、13世紀 のキプロス島 の聖堂に描かれた二つのフレスコ画が収蔵されている。東翼の半ドームには「至聖女」(パナギア , Panagia)のフレスコが、ドーム内には「全能者ハリストス 」(Christ Pantocrator)のフレスコが飾られており、美術館の説明によれば西半球でビザンティン時代の無傷のフレスコ画が見られる場所はここしかない[ 1] 。
これらのフレスコはキプロス島のリシの聖堂にあったが、北キプロス の統治下となった1980年代 に美術品泥棒により切り取られ、西ドイツ へ運ばれた[ 2] 。ブラックマーケットで売られようとしていたフレスコをデ・メニル夫人が買い取り、その後本来の持ち主であるキプロス正教会 の認可を得て、2年間にわたる修復を受け、1997年 から聖堂をモデルにして完成した建物内で公開されている[ 1] 。このフレスコの所有者はメニル・コレクションではなくキプロス正教会になっている。
奥がロスコ・チャペル、手前の反射池の上に立つのはバーネット・ニューマン の『折れたオベリスク』(Broken Obelisk)
メニル・コレクションの近くにあるロスコ・チャペルは、メニル・コレクションとは独立したNPO により運営される超教派 の礼拝堂 であり、デ・メニル夫妻の発注により建設され1971年 に完成した。玄関からの通路には、さまざまな宗教から貸与された聖書などの書籍が飾られている。高い天井には天窓があり光が差し込み、その下には礼拝用の敷物、礼拝者のためのベンチ、瞑想用のクッションなどがあり、あらゆる宗教の人々のための礼拝と瞑想の場として開かれている。
壁面にはマーク・ロスコ の巨大な抽象画(カラーフィールド・ペインティング )が飾られ静かで厳かな雰囲気をかもし出している。1964年 にデ・メニル夫妻から、抽象画に囲まれた無宗派の礼拝堂を作るという相談を受けたロスコは建築にも意を注いだが、当初の設計者のフィリップ・ジョンソン と決裂し、何人もの後継の建築家らとともに設計と絵画制作を続けたが、チャペルの完成を見ることなく1970年に自殺した。
入口の南にある反射池の中には、バーネット・ニューマンによる折れたオベリスクの彫刻作品がある。これもデ・メニル夫妻が購入し設置されたもので、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア に捧げられている。