モダニズム文学
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日本
日本のモダニズムは、大正末期から欧米の文芸作品、超現実主義などの文芸思潮の紹介を介して根付いた。横光利一、川端康成などの新感覚派の作品、吉行エイスケや龍胆寺雄などの風俗的なモダン趣味、現代詩初期の運動などが、日本のモダニズム文学の出発点と考えられている。小説の分野ではモダニズムの影響は表層的一過的であったが、現代詩の分野では、詩誌『詩と詩論』などの昭和初期のモダニズム運動から始まった流れは、戦後も詩誌『荒地』、『凶区』の詩、吉岡実の詩など、一貫した影響を残した。短歌の分野では前川佐美雄や斎藤史がモダニズム短歌と称され、俳句の分野では新興俳句の中でも特に日野草城がモダニズム俳句と称された。
例えば、湯川豊はモダニズム文学の特徴を次のように書いている[1]。
- 前衛的である。モダニズム文学という言葉が、ボードレールの美術批評のなかの「現代性(モデルニテ)という言葉から始まったように、新しさを求める。
- 古典の再発見ということが、理念の中心にある。
- そこには研ぎすまされた方法意識がある。従来の文学がもっている表現方法がどんなものであるのかを知り、それを土台にして新しい文学をつくる、ということ。
日本のモダニズム文学は、作者が意図的に「それとわかる非伝統的な要素」を作品の中に取り入れようとしているのが特色である[2]。そのため、実験的な手法が用いられている[2]。文学運動としてのモダニズムは、大正末期に起ったイタリアの未来派の影響にまで遡り、ダダイズム、シュールリアリズムと称して、伝統的な規則を取り払った詩が作られたが、そうした運動が起る以前にも、少数の作家が外国文学から学んだモダニズム的な手法を独自の形で実験し始めていた[2]。
その実験が本格的に行われたのが、新感覚派と言われた横光利一の小説で、そこにはいくらかジェームズ・ジョイスやプルーストの影響がみられるが、もっと明確な形でジョイスやプルーストの影響が色濃く反映するのが新心理学派や、新感覚派から派生した実験グループである[2]。その中にはジョイスの強い影響を受けた伊藤整の小説などがあり、新感覚派の一人であった川端康成の小説にもモダニズムがあった[2]。
しかしながら、何人かの詩人を例外として、新しい手法を珍重しモダニズムの描写技法を実践していた作家たちの多くは、自身が書こうとしている作品の表現にそれが適さないことを次第に悟り、旧来の小説技法に戻る者が多かった[2]。例えば、川端康成や谷崎潤一郎にとってモダニズムは、その文学的生涯の一過渡期のものにすぎなかった[2]。