ヤクーチア (1918年)
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背景
1917年のロシア革命後、ロシア帝国の広大な領域は急速に不安定化した。ヤクート人の居住地域であるヤクーツク州でも、革命の影響により行政機能が崩壊し、地元の自治要求が高まった。ヤクートの知識人層は、民族自治と伝統文化の保護を掲げ、革命政府とは一定の距離を取った。
成立(1918年)
1918年初頭、反ボリシェヴィキ勢力がシベリア一帯で蜂起すると、ヤクーツクでも自治派グループが主導して地方議会を設置し、「ヤクーチア臨時政府」と呼ばれる行政機関が誕生した。この政権は、ロシア臨時政府の理念を継承するとともに、ヤクート人の自治権拡大を目指した。
政府は主に地方エリートと知識人で構成され、治安維持・物資配給・行政の再整備などに取り組んだ。しかし、武力や資金が不足しており、広い地域を完全に統治することは困難であった。
崩壊
1918年末から1919年にかけて、ボリシェヴィキ勢力(赤軍)がシベリア方面で優勢に立つと、ヤクーチア臨時政府は次第に圧迫されるようになった。最終的に赤軍が地域を掌握すると、政府は解体され、ヤクート地域はソビエト政権下に再編されることとなった。