ロシア国 (1918年-1920年)
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| ロシア国 | |||||
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| Россійское Государство | |||||
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国の標語:Симъ побѣдиши! Simŭ pobědiši! "汝、この徴にて勝利せよ" | |||||
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国歌:Коль славенъ нашъ Господь в Сіонҍ シオンにおける主の栄光は | |||||
| 公用語 | ロシア語 | ||||
| 宗教 | ロシア正教 | ||||
| 首都 |
ウファ (1918年10月9日まで) オムスク (1918年 - 1919年) イルクーツク (1919年 - 1920年) | ||||
| 臨時全ロシア政府議長 | |||||
| 1918年 - 1918年 | ニコライ・アフクセンチェフ | ||||
| 最高指導者 | |||||
| 1918年 - 1920年 | アレクサンドル・コルチャーク | ||||
| 1920年 - 1920年 | アントーン・デニーキン(事実上の) | ||||
| 変遷 | |||||
| 建国宣言 | 1918年9月23日 | ||||
| コルチャークの政変 | 1918年11月18日 | ||||
| 崩壊 | 1920年2月7日 | ||||
| 通貨 | ルーブル | ||||
| 現在 |
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ロシア国(ロシアこく、ロシア語: Российское государство)は、シベリア地域を中心に、1918年9月23日に反ボリシェヴィキ派の白軍勢力である臨時全ロシア政府よって宣言された国家であり、1920年4月4日まで存続した。
建国当初においてロシア国は社会革命党やカデットなどが率いる臨時全ロシア政府が政権を掌握していたものの、1918年11月18日に同国の陸海軍大臣であったアレクサンドル・コルチャークが政変を起こすと、その後は彼を首班とするロシア国政府が国家の実権を握った[1]。
赤軍との戦いにおいてチェコスロバキア軍団との協力体制が築かれたが、コルチャークは彼らの帰国に非協力的であり、不信感を抱いた軍団は現地のボリシェヴィキ政権と休戦協定を独自に結び、コルチャークを引き渡した。逮捕されたコルチャークは2月7日に処刑され、ロシア国は崩壊した。
コルチャーク死去後はコサックのアタマンであったグリゴリー・セミョーノフが軍事指揮権を引き継ぎ、ザバイカル共和国や極東共和国などで白軍として抵抗活動を行った。
国歌
1918年11月19日、閣僚会議は外務大臣 ユーリ・クリュチニコフの提案により、ロシア帝国最古の霊歌である「シオンにおける主の栄光は」をロシア国の国歌とする決議を採択した[要出典]。
国章

1919年1月から4月にかけて、オムスクでステップ地帯の芸術家・美術愛好家協会の主導により、新しい国章を制定するためのコンペティションが開催された。コンペティションにおいて、国章はイヴァン3世の時代にビザンツ帝国から受け継ぎ、ロシア帝国の国章にも採用された双頭の鷲を背景に、古代ロシアの様式の基本を踏まえ、より芸術的で現代的な装飾が施されたもので、帝国時代を象徴する王冠や笏の代わりに、復活した新しいロシアの象徴となるものであることが条件とされた[要出典]。
コンペティションでは97の国章がエントリーされ、優勝候補として最も有力視されたのは、カザン出身の芸術家グレブ・イリインの作品で、双頭の鷲が描かれ、その上に「In this, conquer!」というモットーが書かれた十字架が描かれている。鷲の翼からはロシア帝国の地方の紋章が取り除かれたが、聖ゲオルギーが描かれたモスクワの紋章は中央に残された。皇帝を象徴する王冠は取り除かれ、笏は剣に置き換えられた。イリインのデザインした国章は、切手やシベリアの新聞紙面にしばしば掲載され、紙幣の図案にも採用された[要出典]。