ヤクーツク

ロシアの都市 From Wikipedia, the free encyclopedia

ヤクーツクロシア語: Якутск, Yakutsk, サハ語: Дьокуускай(ジョクースカイ))はロシア連邦に属するサハ共和国首都レナ川の中流に接しており、河港を持つ。人口は約32万人。

概要 ヤクーツク ЯкутскДьокуускай, 位置 ...
ヤクーツク
Якутск
Дьокуускай
広場
広場
ヤクーツクの市旗 ヤクーツクの市章
市旗 市章
位置
ヤクーツクの位置。の位置図
ヤクーツクの位置。
位置
ヤクーツクの位置(ロシア内)
ヤクーツク
ヤクーツク (ロシア)
ヤクーツクの位置(サハ共和国内)
ヤクーツク
ヤクーツク (サハ共和国)
座標 : 北緯62度2分 東経129度44分
歴史
建設 1632年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国の旗 サハ共和国
  ヤクーツク
市長 アイセン・ニコラエフロシア語版
地理
面積  
  市域 121.93 km2
標高 120 m
人口
人口 (2020年現在)
  市域 322,987人
    人口密度   2647人/km2
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+9)
郵便番号 677ххх
市外局番 +7 4112
ナンバープレート 14
公式ウェブサイト : https://yakutskcity.ru/
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1632年に建設された要塞を起源とする。北東連邦大学ロシア科学アカデミーの支部がある。

歴史

1683年に建設された要塞の塔

ヤクーツクは、バイカル湖付近からオホーツク海付近まで東西に広がるレナ川水系の中央に位置し、レナ川を使ったシベリア横断や北極海遠征の拠点として便利な位置にある。

ヤクーツク市は1632年東シベリアへと進出したコサックが建設した砦を起源とする。砦は、入植地を取り囲むように柵が張り巡らされていた。エニセイスク軍政部の管理下にあったが、1638年より分離してヤクーツク軍政部のもとに置かれた。また当初はレナ川右岸に築かれたが、1643年に現在の左岸へと移された。

以後、ロシア人の商人や入植者が東シベリアから北極海、極東に至る範囲へ進出する拠点となり、シベリアや極東の毛皮交易の拠点、毛皮の集散地として重要な役割を果たした。都市と呼べるまでに拡大するのは、1880年代から1890年代にかけてやその他金属の鉱床が発見されてからである。これらの鉱山にはヨシフ・スターリンの時代、グラグ(強制収容所)が作られて多くの政治犯や戦争捕虜が送り込まれ、開発がすすめられた。グラグの急速な増設と強制労働者たちによるシベリアの急速な開発は、ヤクーツクを大きな街にした。

気候

ケッペンの気候区分によると、ヤクーツクは亜寒帯気候亜寒帯湿潤気候(Dfc)に属する。

年平均気温は-8.0℃である。平年値では最暖月である7月の日最高気温が25.8℃、日最低気温は13.1℃、最寒月である12月の日最高気温が-34.4℃、日最低気温は-39.5℃となっている。また、10月から4月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

年平均降水量は233mmである。

年平均日照時間は2251.1時間である。

さらに見る 極値, 観測値 ...
極値[1] 観測値 観測年月日
日最高気温 38.4℃ 2011年7月
日最低気温 -64.4℃ 1891年2月
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さらに見る ヤクーツク(標高98m、平年値:1991年 - 2020年、極値:1829年 - 現在)の気候, 月 ...
ヤクーツク(標高98m、平年値:1991年 - 2020年、極値:1829年 - 現在)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F −6.8
(19.8)
−2.2
(28)
8.3
(46.9)
21.1
(70)
31.1
(88)
35.4
(95.7)
38.4
(101.1)
35.4
(95.7)
27.0
(80.6)
18.6
(65.5)
3.9
(39)
−3.9
(25)
38.4
(101.1)
平均最高気温 °C°F −34.0
(−29.2)
−27.9
(−18.2)
−11.6
(11.1)
2.6
(36.7)
13.8
(56.8)
23.1
(73.6)
25.8
(78.4)
21.8
(71.2)
11.9
(53.4)
−3.0
(26.6)
−22.3
(−8.1)
−34.4
(−29.9)
−2.9
(26.8)
日平均気温 °C°F −36.9
(−34.4)
−32.9
(−27.2)
−19.1
(−2.4)
−3.7
(25.3)
8.0
(46.4)
17.0
(62.6)
19.9
(67.8)
15.6
(60.1)
6.4
(43.5)
−6.9
(19.6)
−25.9
(−14.6)
−37.0
(−34.6)
−8.0
(17.6)
平均最低気温 °C°F −39.8
(−39.6)
−37.2
(−35)
−26.0
(−14.8)
−10.4
(13.3)
1.5
(34.7)
9.8
(49.6)
13.1
(55.6)
9.3
(48.7)
1.3
(34.3)
−11.0
(12.2)
−29.6
(−21.3)
−39.5
(−39.1)
−13.2
(8.2)
最低気温記録 °C°F −63.0
(−81.4)
−64.4
(−83.9)
−54.9
(−66.8)
−41.0
(−41.8)
−18.1
(−0.6)
−4.5
(23.9)
−1.5
(29.3)
−7.8
(18)
−14.2
(6.4)
−40.9
(−41.6)
−54.5
(−66.1)
−59.8
(−75.6)
−64.4
(−83.9)
降水量 mm (inch) 10
(0.39)
9
(0.35)
6
(0.24)
8
(0.31)
20
(0.79)
30
(1.18)
40
(1.57)
37
(1.46)
30
(1.18)
19
(0.75)
17
(0.67)
9
(0.35)
233
(9.17)
平均降雨日数 0 0 0.1 3 14 16 15 15 16 4 0.1 0 83
平均降雪日数 28 28 17 10 5 0.3 0.03 0 4 25 28 27 172
% 湿度 76 76 70 60 54 57 62 67 72 78 78 76 69
平均月間日照時間 20.7 102.6 252.8 296.8 288.2 334.8 334.0 262.9 170.1 96.3 66.9 11.5 2,251.1
出典1:Погода и Климат[2]
出典2:NOAA[3]
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交通

ヤクーツクは南から延びるロシア連邦道路A360「レナ」、およびアムール・ヤクーツク鉄道の終点である。実際には国道や鉄道はレナ川の対岸までで、サハ共和国内には巨大なレナ川を渡る橋はないため、夏はそこからフェリーで川を渡り、冬は凍結した川の上を車で走る。しかし、氷がまだ厚くない晩秋や、溶けたたくさんの氷が流れたり雪解け水で川があふれたりする春は川を渡ることができないため、ヤクーツク対岸の国道・鉄道終点付近には人口4,000人ほどのニジュニー・ベスチャという街がある。また、ヤクーツクは極東のオホーツク海沿岸の街マガダンともコルィマ国道で結ばれている。

レナ川を介した流域各都市や北極海への水運も盛んであるが、厳寒期には凍結するレナ川は天然の道路となり、トラックが流域の集落へ物資を届けるための幹線になる。夏にはヤクーツクを起点として、上流のレナ石柱自然公園や下流のレナ・デルタへのクルーズも出発する。

ヤクーツク空港1931年に開港し、第二次世界大戦時にはアメリカからヨーロッパへの航空路の中継点となった。現在ではモスクワイルクーツクウラジオストクなどの大都市にも定期便がある。

レナ川を渡る鉄道道路併用橋が完成すれば、バイカル・アムール鉄道上のティンダから、ネリュングリチュリマントンモトを経て北へ延びるアムール・ヤクーツク鉄道が終点のヤクーツクまで完成する見込みである。この橋は3kmを超える長さで、ヤクーツクから40km上流の、川幅が比較的狭くかつ春に氾濫原とならない場所に計画されているが、いまだ着工されていない。

このほか、ウスチ=クート - ヤクーツク - オホーツク - マガダン - ペトロパブロフスク・カムチャツキーを結ぶレナ・カムチャツカ鉄道を建設する計画も存在する。

研究教育・文化・観光

クラコフスキー通り。左の建物は国立大学の科学ビル

1956年に開設されたヤクーツク国立大学を起源とする北東連邦大学2010年に改名)などの高等教育機関や、ロシア科学アカデミーの支部がある。およびロシア科学アカデミーの支部が市内に位置する。アカデミーには世界有数の規模の宇宙線観測施設などを擁する宇宙物理学研究所や、永久凍土に建築物を作る問題などに取り組む永久凍土研究所が属する。

またヤクーツクはマンモス博物館やサハ劇場などの文化施設もある。

2008年には、「永久凍土の王国」という観光施設が郊外に開設された[4]

経済

ヤクーツクは多くの鉱業会社の本社やオフィスが立地する。例えば世界のダイヤモンドの20%近くを生産するサハ共和国のダイヤモンド鉱山(ミールヌイウダーチヌイなど)を管轄するアルローサ(ALROSA)の事務所もある。

友好都市

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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