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ヤテンガ王国

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ヤテンガ王国(ヤテンガおうこく、Yatenga)は、現在のブルキナファソのヤテンガ県に存在した国[1]。

共通語 モシ語
統治体制 君主制
ヤテンガ王国

1540年代–1895年
1875年頃の西アフリカ、中央にあるのがヤテンガ王国
1875年頃の西アフリカ、中央にあるのがヤテンガ王国
首都 ワヒグヤ
共通語 モシ語
統治体制 君主制
時代 植民地化以前
• 確立
1540年代
• フランス植民地帝国に征服される
1895年
継承
フランス領オートボルタ

ヤテンガ王国は、ワガドゥグー王国の三代目モーゴ・ナーバ(フランス語版)ウブリ(Oubri)の孫ヤデガ(Yadéga)により建国された[1]。ヤデガの死後モーゴ・ナーバのカンゴ(Kango)によりワヒグヤが首都とされた[1]。1894年にマリのバンディアガラに駐屯するフランス軍が王位継承問題に乗じ、ワヒグヤに侵攻し、1895年5月15日にフランス軍大尉ジョルジュ・デストゥナーブ(フランス語版)とヤテンガ王国がフランスの保護領とする書簡に署名した[1]。

脚注

参考文献

関連項目

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