ヤディル・ムヒカ

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国籍ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国に亡命)
生年月日 (1985-01-01) 1985年1月1日(41歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
170 lb =約77.1 kg
ヤディル・ムヒカ
Yadil Mujica
ココドリロス・デ・マタンサス
基本情報
国籍ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国に亡命)
出身地  キューバ マタンサス州
生年月日 (1985-01-01) 1985年1月1日(41歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 遊撃手
プロ入り 2011年 アマチュアFA
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
WBC 2023年

ヤディル・オレステス・ムヒカ・ディアスYadil Orestes Mujica Díaz, 1985年1月1日 - )は、キューバマタンサス州出身の野球選手内野手)。右投左打。キューバ国内リーグであるセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルココドリロス・デ・マタンサス所属。

キューバ時代

2003-2004シーズンにセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル(CNS)のココドリロス・デ・マタンサスに入団。

野球選手としてはかなり華奢で、実際パワー不足が成績面での壁になっていたが、2006-2007シーズンは90全試合に出場して打率3割を達成し、オールスターゲームにも選出されるなど飛躍した。また2007年にはイタリア親善試合のメンバーにも選出された。

2007-2008シーズンは打率.358を記録したが、同年の北京オリンピック出場メンバーには選出されなかった。

2008-2009シーズンも連続して打率.358をマークしたが、シーズンオフにドミニカ共和国亡命した。

ヤンキース傘下時代

2011年3月28日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[1]。この年は傘下AA級トレントン・サンダーで54試合に出場して、打率.233、1本塁打、14打点の成績を残した[1]

2012年は、A+級タンパ・ヤンキースで14試合、AA級トレントンで56試合、AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースで13試合(合計83試合)に出場し、打率.226、1本塁打、13打点を記録したが、オフの12月13日に自由契約となった[1]

ヤンキース退団後

2014年台湾の社会人リーグであるポップコーンリーグに加盟する台中威達成棒隊中国語版に入団[2]

その後はメキシコに居住し、マイナーリーグにあたるメキシコ北部リーグ英語版ベラクルス・ウィンターリーグ英語版でプレーしていた[3][4]

キューバ野球復帰

2020年12月、キューバ国内リーグ(CNS)への復帰申請が認められ、11年ぶりにココドリロス・デ・マタンサスに復帰することになった[3]

詳細情報

脚注

外部リンク

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