ヤヒロホコナガヨリヒコ
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記述
考証
神名から矛にまつわる神と考えられる[2]。「八尋鉾」は長い矛を指し、『古事記』中巻の景行天皇条では倭建命に与えられた矛として「比々羅木の八尋矛」の語が見える[3][4]。「比々羅木」は柊のことであり、この植物が魔除けに用いられ、かつ「八尋」の長さにも宗教的意味合いが推測される点、また同垂仁天皇条では多遅摩毛理が常世国で採取した橘が「矛八矛」「矛四矛」と表現されている[4]点から、「八尋鉾」を神聖な植物の枝木と解して、植物の生命力が永く依りつく男神の意とする説がある[5]。生命力に触れられていることが、神魂命の性質を受け継ぐ子神として伝承にも合致しているとの意見がある[5]一方で、天沼矛や『出雲国風土記』意宇郡の安来郷条に登場する鉾[1]などの例は明らかに道具の矛と見られる点、神名に矛を冠する八千矛神が植物に関係する神だとは考えられない点から、植物の生命力と結びつける解釈に対して疑問を呈する意見もある[6]。
神の発言中にある「私の御子」は原文では「吾御子」と書かれ、諸写本で異同はないが、御子とされる神の詳細は記述されていない[5]。『出雲国風土記』意宇郡の拝志郷条で所造天下大神が「吾御心」と発言している[1]ことから、当記事もこれと同型の伝承であるとして、「吾御心」の誤写と見る説がある[3][7]。