最も根強い説に従うならば、ヤミ族はハメ族と近接した民族であり、また一般には、現フィン人を構成したバルト・フィン民族(ru)中の西の部族であるとされる[1]。別説には、ヤミ族はラドガ湖北岸のカレリア人(ru)の一派であるというものもある[2]。また別説には、元来はラドガ湖から北ドヴィナ川にかけて分布していたものが、段階的にフィンランド中部へ移動したという説もある[3]。20世紀前半の、カレリア地峡の先住民族に関する討議の中の一説では、カレリア地峡とイングリアは元来ヤミ族の居住地であり、ヤミ族はコレラ族によって追い出されたという説がある。ヤミ族は、その名称の異同からも、様々な民族を総括したものであるとも見なし得、史料上の、ヤミ(またはエミ)という名称の指す集団の、地理的・民族的統一性を定めることは困難である。