ユア・ミラー
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| 「ユア・ミラー」 | |||||||
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| ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコ の シングル | |||||||
| 初出アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』 | |||||||
| A面 | オール・トゥモロウズ・パーティーズ | ||||||
| B面 | ユア・ミラー | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | 7インチ・シングル | ||||||
| 録音 | ニューヨーク、セプター・スタジオ(1966年4月) | ||||||
| ジャンル | ロック | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | ヴァーヴ・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 | ルー・リード | ||||||
| プロデュース | アンディ・ウォーホル | ||||||
| ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコ シングル 年表 | |||||||
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「ユア・ミラー」(原題: I'll Be Your Mirror)は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとニコが1966年に発表した楽曲。作詞作曲はルー・リード。デビュー・シングル「オール・トゥモロウズ・パーティーズ」のB面に収録された。
1965年11月、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのドラマーのアンガス・マクリーズはグループが商業主義的になったと主張し、脱退。ほどなくしてモーリン・タッカーが後任として参加する。そして12月、映画作家のバーバラ・ルービンがヴェルヴェット・アンダーグラウンドをアンディ・ウォーホルに紹介した[2][3]。ウォーホルは彼らに、ニコと組むことを提案。同月、グループのコンサートの後でニコはルー・リードに「ねえルー。私、あなたの鏡になる」と言った。リードの伝記『Transformer: The Lou Reed Story』によれば、この言葉を元に「ユア・ミラー(I'll Be Your Mirror)」は書かれたという[4]。
1966年4月、ニューヨークのセプター・スタジオが4日間おさえられ、ファースト・アルバムのための多くの楽曲が録音された。バンドのメンバーは「ユア・ミラー」のレコーディングで、ニコに対し、細く、繊細なボーカルを求めたが、彼女はテイクを重ねるにしたがって、ますます声を張り上げ、攻撃的に歌った。スターリング・モリソンはのちのインタビューで次のように答えている。
彼女は耳障りな声で「ユア・ミラー」を歌い続けた。もちろん納得がいくわけもないから、俺たちは何度も何度も歌わせ続けた。彼女はわっと泣き崩れた。その時だ。俺たちは言った「あと一回だけやってみろ。ともかくやっちまうんだ。次にうまくいかなかったら、もうこの曲はやらない」。ニコは座り、俺たちが望むことを正確にやった[5]。
1966年7月、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの最初のシングル「オール・トゥモロウズ・パーティーズ」が発売される。「ユア・ミラー」はそのB面に収録された[1]。「オール・トゥモロウズ・パーティーズ」もニコがリード・ボーカルを務めている。
1967年3月12日発売のアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』に収録された。アルバム・バージョンはフェイドアウトするが、先に発売されたシングル・バージョンはフェイドアウトしない。シングル・バージョンは2002年に発売されたファースト・アルバムのデラックス・エディションに収録された。
1972年1月28日、ルー・リード、ジョン・ケイル、ニコの3人はパリのバタクランでコンサートを行い、フランスのテレビ局はコンサートの模様を放映した。「ユア・ミラー」も演奏された。この時の音源は長年、ブートレグで聴かれてきたが、2004年に正式にアルバムとして発売された(『Le Bataclan '72』)。
リードは1998年に発表したライブ・アルバム『Perfect Night: Live in London』で本作品を演奏した。