ユーゴスラビア人民軍

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ユーゴスラビア人民軍
Југославенска Народна Армија
Jugoslavenska Narodna Armija
Juhoslovanská ľudová armáda

軍章
創設 1945年3月1日(軍としての成立)
1941年12月22日(パルチザン結成)
解散 1992年5月20日
派生組織
本部 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビアベオグラード
指揮官
元帥 ヨシップ・ブロズ・チトー(個人)(1941年 - 1980年)
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国大統領( - 1992年)
総人員
兵役適齢 15歳
適用年齢 15歳 - 65歳
現総人員 全人民防衛に基づき、国民全員が配備可能(理論上)
12,000,000(1978年
関連項目
歴史
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ユーゴスラビア人民軍(ユーゴスラビアじんみんぐん)は、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国軍隊パルチザンから編成され、冷戦時代には非同盟諸国の軍事における一角をなした。ユーゴスラビア社会主義連邦共和国軍、ユーゴスラビア軍とも呼ばれる。

1945年、ユーゴスラビアでの戦争終結とユーゴスラビア社会主義連邦共和国の建国に伴い、パルチザンが軍として再編されたことにより誕生した。成立当初は「ユーゴスラビア軍」(Југославенска Армија)として編成されたが、パルチザン結成10周年を記念して、1951年12月22日に「人民」(Народна)の単語が付き、ユーゴスラビア人民軍(以下、人民軍)となった。

当初、人民軍はソ連からの莫大な支援を受け、特に空軍に関してはソ連空軍無くしての人民軍空軍は成り立たなくなる程にまで対ソ依存を深めていた。しかし1948年以降にソ連とユーゴスラビアの対立が激化すると、ソ連からの支援は一切打ち切りとなり、空軍からは国を逃れソ連や東側(東欧)諸国に逃れる者も多くいた。そのため、ユーゴスラビアがそれ以降に西側諸国との関係改善に傾くと、今度は西側諸国からの軍事支援を取り付けることに成功した。

組織

各言語表記

参考文献

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