ライアン・ペリー

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生年月日 (1987-02-13) 1987年2月13日(38歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
215 lb =約97.5 kg
ライアン・ペリー
Ryan Perry
タイガース時代のペリー(2009年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ポモナ
生年月日 (1987-02-13) 1987年2月13日(38歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト1巡目(全体21位)でデトロイト・タイガースから指名
初出場 2009年4月8日 トロント・ブルージェイズ
年俸 $430,000(2011年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ライアン・キース・ペリーRyan Keith Perry, 1987年2月13日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ポモナ出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

アリゾナ大学ではクローザーを務め、後にタイガースでも同僚になるダニエル・シュレーレスとチームメイトだった。2008年MLBドラフト1巡目(全体21位)でデトロイト・タイガースから指名を受け、7月9日契約金148万ドルで入団に合意した[2]。この年はルーキー級ガルフ・コースト・タイガースで2試合、A+級レイクランド・フライングタイガースで12試合に登板した。

2009年は、それまでAA級以上での登板経験が無かったにもかかわらず、開幕ロースター入りを果たした[3]4月8日トロント・ブルージェイズ戦でデビューし、1回を無失点に抑えた[4]6月21日ジェレミー・ボンダーマンDLから復帰すると、ペリーはAAA級トレド・マッドヘンズへ送られた。降格の直前は8イニングで8失点と、調子を落としていた[5]7月23日にメジャーへ復帰し、最終的に53試合に登板して防御率3.79という数字を残した。

2010年6月10日に右の上腕二頭筋を痛めてDL入りし、AAA級トレドでのリハビリを経て7月3日に復帰した[6]。この年は前年を上回る60試合に登板し、メジャー初勝利と初セーブをマークした。奪三振率は下がったが、課題だった与四球率は改善された。

2011年は3年目にして自己最悪のシーズンとなった。開幕早々に目の感染症でDL入りすると[7]、復帰後も調子が上がらず、序盤の13試合で防御率12.19と苦しみ、5月28日にオプションが行使されてAAA級トレドへ降格となった[8]。その後も制球が安定せず、メジャーとマイナーの往復を繰り返した。終わってみれば、自己最少の登板数、自己最悪の防御率となった。前年に改善された与四球率も以前の水準に戻り、奪三振率は更に低下した。シーズン終了後の12月9日コリン・バレスターとの交換でワシントン・ナショナルズに移籍した[9]

2012年は7試合の登板に留まった。

2014年7月21日にナショナルズを解雇された[10]

2015年2月27日にタイガースとマイナー契約を結ぶ。6月9日に解雇となる。

投球スタイル

主な球種は、平均95マイル (約152.9km/h) の速球とスライダーチェンジアップは全体の3%ほどしか投げない[11]

入団時から将来のクローザー候補として期待されてきたが、制球難が解消されず、伸び悩んでいる[12]

詳細情報

脚注

外部リンク

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