ライフル (ハルハ部)

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ライフルモンゴル語:Лайхур、中国語:赉瑚尔、生没年不詳[注釈 1])は、16世紀ハルハ・モンゴルの首長の一人。ハルハ右翼で最初にハーン[注釈 2]を称した[3][4]。彼の子孫は後にハルハ右翼の盟主ジャサクト・ハーン家となる[5]。ライホルとも表記される[3]

アシハイ・ホンタイジの長子バヤンダラ・ホンタイジの次子として生まれる[3]

ライフルは1580年[注釈 3]にハルハ左翼のアバダイ・ハーンの支持を受けてハルハ右翼で最初にハーンを称す[3][6]

ライフルはオイラトと何度か戦った後、エメール河口のシャラ・フルスンでオイラトと和を結び、オイラトを支配下に入れた[7]

ライフルはしばらくするとオイラト人に殺害されてしまうが、それを受けてアバダイ・ハーンはオイラトに出征し[注釈 4]1587年にライフルの雪辱を果たした[3]。その翌年(1588年)アバダイ・ハーンも死去する[9]

ライフルの子ソバンダイ(スブディ)は父ライフルがオイラトとの戦争で死去すると、1596年にハルハ左右翼の首長らを集めて大会盟を開催し、そこでジャサクト・ハーンに即位した[6]

  • ソバンダイ(スブディ)…初代ジャサクト・ハーン
  • ウバダイ

系図

脚注

参考資料

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