ラマーディンゲン

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紋章 地図
(郡の位置)
基本情報
連邦州:バイエルン州
行政管区:シュヴァーベン行政管区
郡:オストアルゴイ郡
市町村連合体:ブーフローエ行政共同体
緯度経度:北緯48度05分39秒 東経10度44分33秒 / 北緯48.09417度 東経10.74250度 / 48.09417; 10.74250座標: 北緯48度05分39秒 東経10度44分33秒 / 北緯48.09417度 東経10.74250度 / 48.09417; 10.74250
標高:海抜 596 m
面積:34.25 km2
人口:

2,235人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:65 人/km2
郵便番号:86862
市外局番:08248, 08241
ナンバープレート:OAL, FÜS, MOD
自治体コード:

09 7 77 145

行政庁舎の住所:Hauptstr. 6
86862 Lamerdingen
ウェブサイト:www.lamerdingen.de
首長:マヌエル・フィッシャー (Manuel Fischer)
郡内の位置
地図

ラマーディンゲン (ドイツ語: Lamerdingen) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区オストアルゴイ郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)であり、ブーフローエ行政共同体を構成する自治体の一つである。

自治体の構成

ラマーディンゲンはシュヴァーベン中部アルゴイ地方の州道2035号線沿いに位置する。この町はブーフローエ市の北約6kmの、幅広いヴェルタハ川渓谷の西斜面に位置する。オストアルゴイ郡で最も北に位置する町である。集落から約4km西にヴェルタハタール放送送信所があり、その短波放送は世界中で聞くことができる。

この町は、公式には5つの地区 (Ort) からなる[2]。このうち小集落や孤立農場などを除く集落を以下に列記する。 ラマーディンゲンには以下の集落がある。

  • ディリスハウゼン
  • グロースキッツィヒホーフェン
  • クラインキッツィヒホーフェン
  • ラマーディンゲン

隣接する市町村

この町に隣接する市町村は、北から時計回りに以下の通りである。

歴史

ラマーディンゲンはアレマン人入植地を起源とすると考えられている。地名は、Lademoutの人々、語尾の "-ingen" は太古の街道沿いの集落を示している。ここでの街道はアウクスブルクからブーフローエへ通じる街道である。集落名は、Lademutinga から、11から12世紀に Lademütingen、Ladematingen などを経て、16世紀に初めて現在の Lamerdingen という表記が現れ、19世紀頃からこれが優勢となった。Lademutinga の住民は、中世後期まで武器携帯の権利を有する自由民であった。中世盛期に様々な家門の貴族がこの地にあったことが知られている(バルツハウゼン=シュヴァーベック家、ウーアジング=ルンスベルク家、ヴェルフェン家)。

ラマーディンゲンには、11世紀にはすでに司祭区が設けられており、その収入はアウクスブルクの聖ペーター教会参事会に納められていた。この町の聖マルティン教会は1067年にはその名が記録されている。教会の中核部は12世紀から13世紀に造られたものである。1500年頃に教会塔内陣長堂ドイツ語版が拡張され、1736年から38年にミヒャエル・シュティラーによって長堂が内装とともに建て直され、聖具室とエントランスホールが増築された。この教会は1893年と1939年に修復工事がなされた。墓地の真ん中に建つこの教会は、1868年から69年に建設された司祭館とともに、集落に特別な風情を加味している。ラマーディンゲンは世俗化(1803年)までアウクスブルク司教領に属した。1803年の世俗化と帝国代表者会議主要決議以降はバイエルンに属した。バイエルンの行政改革に伴う1818年の市町村令により、現在の自治体が成立した。

人口推移

  • 1970年 1,604人
  • 1987年 1,589人
  • 2000年 1,728人
  • 2005年1月1日 1,866人

行政

町長はマヌエル・フィッシャー (Freie Wählergemeinschaft)である。

町議会は12人の議会からなり、会派はない。

紋章

図柄: 赤字と銀地に左右二分割。中央に地色を入れ替えた左右二分割の小盾。向かって左は分割線で半身になった銀の鷲。向かって右は分割線に鋸歯状に並んだ三角図形。上の3つは黒、下の3つは赤色。

自治体としてのラマーディンゲンは、かつては独立していた自治体のラマーディンゲン、ディリスハウゼン、クラインキッツィヒホーフェン、グロースキッツィヒホーフェンからなる。この町はこの紋章を1992年から採用している。分割線で半身になった鷲は、1063年にバルツハウゼンおよびシュヴァーベクの伯シュヴィガーが創設したアウクスブルクの旧聖ペーター参事会の紋章から採られた。ラマーディンゲンはこの参事会の所領に属した。中央の小盾はアウクスブルク司教のもので、ディリスハウゼンが14世紀にこの司教領であったことにちなんだものである。向かって右側の鋸歯状の意匠はクラインキッツィヒホーフェンとグロースキッツィヒホーフェンの紋章を組み合わせたものである。黒い三角図形がクラインキッツィヒホーフェン、赤いのがグロースキッツィヒホーフェンの紋章である。三角図形自体は13世紀から14世紀に初めて両地区の領主に記録されているロールバッハ家の紋章である。

姉妹都市

文化と見所

経済と社会資本

引用

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