ラリー・グレナディア

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ラリー・グレナディア
Larry Grenadier
基本情報
生誕 (1966-02-06) 1966年2月6日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンフランシスコ
ジャンル ジャズ
職業 ミュージシャン作曲家
担当楽器 コントラバス
レーベル ECM
共同作業者 ブラッド・メルドー
公式サイト larrygrenadier.com

ラリー・グレナディア(Larry Grenadier、1966年2月6日 - )は、アメリカ合衆国サンフランシスコ出身のジャズベースシスト[1]

父親は第二次世界大戦中の軍楽隊や、ヨーロッパでトランペット奏者として活動していたが、子供たちが生まれる前にプロの演奏活動から退いていた[2]。グレナディアは小学5年生の時にトランペットを吹き始め、翌年ベースを手にした[2]。兄弟もトランペットとギターを演奏しており[2]、父親から楽器や音楽理論を教わった。この頃、兄の一人がジャズを聴き始めたことが彼の音楽的な関心に大きな影響を与え、レイ・ブラウンチャールズ・ミンガスリチャード・デイヴィスポール・チェンバースウィルバー・ウェアオスカー・ペティフォードといったベーシストを聴くようになった。

12歳からアコースティック・ベースを本格的に学び始め、地元のベーシストであるクリス・ポーラー、ポール・ブレスリン、フランク・トゥサに師事。後にはクラシック・ベーシストのマイケル・バーやスティーヴン・トラモントッツィにも師事した。16歳の頃には、サンフランシスコ・ベイエリアを訪れるツアー・ミュージシャンから声がかかるようになり、多忙なキャリアをスタートさせていた。この時期に、ハーヴィー・ウェイナペル、ボビー・ハッチャーソンジョー・ヘンダーソン、ラリー・ヴチコヴィッチ、エディ・ヘンダーソン、ブルース・フォーマン、エディ・マーシャル、ヴィンス・ラティアーノ、ジョージ・ケイブルスドナルド・ベイリートゥーツ・シールマンスジョニー・グリフィンチャールズ・マクファーソン、フランク・モーガンらと共演している。

その後、スタンフォード大学へ進学し、1989年に英文学の学士号を取得して卒業[2]。在学中にはスタン・ゲッツと出会い、ツアーにも参加した。

経歴

スタンフォード大学を卒業後、ゲイリー・バートンとの演奏のためボストンへ移った[2]。その後、1991年にニューヨークに移住[2]。ボストン時代に知り合ったカート・ローゼンウィンケルジョシュア・レッドマンマーク・ターナー、ホルヘ・ロッシ、クリス・チークといったミュージシャンたちとの共演を続ける一方で、ニューヨークでは新たに、ビル・スチュワート、ケヴィン・ヘイズルネ・ロスネス、ラルフ・ムーア、ビリー・ドラモンドダニーロ・ペレス、ダヴィッド・サンチェス、トム・ハレルビリー・ハートらと出会った。また、ジョー・ヘンダーソンとの共演関係も続け、彼のバンドメンバーとしてツアーに参加した。このバンドには時期によってアル・フォスター、ルネ・ロスネス、ラリー・ウィリスも参加している。ニューヨークでの活動初期には、数ヶ月間ベティ・カーターのバンドでも演奏していた。

1990年代初頭にブラッド・メルドーと出会い、ホルヘ・ロッシと共に彼のトリオに加入した。このトリオで10年以上にわたりツアーやレコーディングを重ね、2004年からはロッシに代わってジェフ・バラードが加入している。

パット・メセニーとも活動し、ビル・スチュワートを加えたトリオとしてツアーを行った。彼はこの経験が大きな学びの機会になったと語っている[3]

他には、ジョン・スコフィールド、「ハドソン」(ジャック・ディジョネット、ジョン・メデスキ、ジョン・スコフィールドとの共同プロジェクト)、チャールス・ロイドクリス・ポッタービリー・ヒギンスマイケル・ブレッカーポール・モチアンなど、数多くのミュージシャンと共演している。2014年には、ステファノ・ボラーニのアルバム『Sheik yer Zappa』に参加した。

ジェフ・バラード、マーク・ターナーとのトリオ「FLY」のメンバーであり、妻のレベッカ・マーティンともツアーやレコーディングを行っている。2019年にはソロ・ベース・アルバム『The Gleaners』をECMレコードからリリースした[4]

私生活

1997年6月7日、シンガーソングライターのレベッカ・マーティンと結婚した。現在はニューヨーク州のハドソン・バレーで暮らしている。2005年には息子のチャーリーが誕生した。

主なディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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