「ベルリーナ」に加え、「クーペ」「GT」「スポルト」が追加され、当時の一流カロッツエリアであるピニンファリーナ、トゥーリング、ザガートがそれぞれデザインを担当した。セダンよりもクーペやGTの生産台数が多いことからも、高級サルーンとしてよりもパーソナルカーとしての人気が高かったことが窺える。フィアット傘下に入った直後の1970年に生産が中止され、イタリアのプレステージカーの座はフィアット・130が継承した。
- ベルリーナ
- 上記の通りピニンファリーナのデザイン(生産はランチア)で、1970年の生産終了まで継続生産された。2,500cc102馬力または110馬力型が3,344台、2,800cc128馬力が599台が作られた。初期モデルは後窓の外側と内側にワイパーを装備していた。なお、日本で1961年に登場したいすゞ・ベレルのデザインにはフラミニアの影響が随所に見られる。
- クーペ
- 同じくピニンファリーナのデザインで、生産もピニンファリーナで行われた。フロリダIIによく似た2+2クーペで、1967年までに2,500ccが4,151台、2,800ccが1085台の合計5,236台と、ベルリーナより多数が生産された。
- GT・GTL・コンバーチブル
- カロッツェリア・トゥーリングがデザインした4灯式ヘッドライトが特徴の2シーターボディのGTとコンバーチブルに加え、1962年にはホイールベースを延長した2+2のGTLが追加された。コンバーチブルは1964年までに847台(180台は2,800cc)、GTとGTLは1965年までそれぞれ1,718台(2,800ccが168台)、300台(同3台)生産された。
- スポルト
- カロッツェリア・ザガートによる2シータークーペで、GT同様短縮されたホイールベースボディに、非常に個性的なアルミニウム製ボディを載せていた。1964年には「スペル・スポルト」に発展、シリーズ最強の2,800cc152馬力エンジンを搭載した。初期モデルは流線型のヘッドライトカバーを、後期型は断ち落とされた「カムテール」デザインを特徴とする。1967年までに593台(内、スペル・スポルト150台)が生産された。
- 大統領専用車
- 1960年の英国女王エリザベス2世のイタリア訪問に合わせ、当時のイタリア大統領ジョヴァンニ・グロンキはピニンファリーナに4台のリムジンの製作を発注した。4台は米国GMに電装品設計のアドバイスを受けて6ヶ月という短期間で製造・納入された。それらはダークブルーの7人乗りランドーレットで、黒のコノリーレザー内装を持っていた。3,350mmのホイールベースに因んで「335」、または「プレジデンシアーレ」(Presidenziale)、あるいは大統領官邸名の「キリナーレ」(Quirinale)と呼ばれ、現在でも何台かは実用に供されている。