ランボルギーニ・LE3512
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| ランボルギーニ・LE3512 | |
|---|---|
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| 概要 | |
| 製造会社 | ランボルギーニ |
| 設計者 | マウロ・フォルギエリ |
| 生産 | 1989年–1993年 |
| レイアウト | |
| 構成 | 80° V12 |
| 排気量 | 3.5 L (3,493 cc) |
| シリンダー内径 | 87 mm (3 in) |
| ピストン行程 | 49 mm (2 in) |
| 動弁装置 | 48バルブ, DOHC |
| 燃焼 | |
| 燃料系統 | 直噴 |
| オイル系統 | ドライサンプ |
| 出力 | |
| 出力 | 600–750 hp (447–559 kW) |
| トルク | 285–330 lb⋅ft (386–447 N⋅m)[1] |
| 寸法 | |
| 乾燥重量 | 150 kg (331 lb) |
ランボルギーニ・LE3512は、ランボルギーニが1989年のF1世界選手権用に開発・製造されたレシプロエンジン[2][3]。
1989年、国際自動車連盟(FIA)はF1でのレギュレーションの改定によってターボチャージャー等の過給器の使用が明示的に禁止されたと同時に、ランボルギーニがF1に新規参入することとなった[4]。スクーデリア・フェラーリのデザイナー・エンジニアだったマウロ・フォルギエリは、ローラ(ラルース)で使用するための3.5 L V型12気筒の設計と製造を委託され「LE3512」[5](Lamborghini Engineering 3.5 liters 12 cylinders)と名付けられた。3,493 cc (213.2 cu in), 80° V型12気筒は、3.5リットルの自然吸気エンジンの中で最も良い音色であったという。LE3512はラルースに供給し、開幕戦ブラジルグランプリでデビューした。
LE3512は、信頼性に欠けていたものの、空力特性に優れており、第14戦スペイングランプリでフィリップ・アリオーが予選5番手を獲得し、PPを獲得したアイルトン・セナに1.417秒差のタイムだったという。決勝では6位・1ポイントを獲得し、F1参戦14戦目にして初入賞を果たした。
LE3512での最高成績は、鈴木亜久里が1990年シーズン第15戦日本グランプリで記録した3位だが、F1時代(1989年 - 1993年)ではチーム・ロータスやリジェにも供給されたが、デレック・ワーウィック(ロータス、1990年)、ティエリー・ブーツェン(リジェ、1991年)といったドライバーを擁していたものの、信頼性の低さは深刻で、両名ともフラストレーションを抱えていたといい、2014年のインタビューでワーウィックは「音ばかりで全く走らない」と述べている。
1993年、マクラーレンと接触し、1994年のエンジン供給に向けてMP4/8の改良版・MP4/8Bに搭載し[6]、シルバーストン・サーキットとエストリル・サーキットでエンジンテストを行った[注釈 1]。テストを担当したセナとミカ・ハッキネンは好印象を受けていたが、1994年シーズンにプジョーV10エンジンの搭載が決定し、シーズン終了後にF1から撤退した[7]。
ランボルギーニは、搭載された全マシンに「CHRYSLER powered by Lamborghini」の文字を刻んでいた[注釈 2]。1989年から2013年にかけての自然吸気時代に使用されたV12エンジンはわずか5基で、ランボルギーニはそのうちの1基だった(他4基はフェラーリ(Tipo、1989年 - 1995年)、ホンダ(RA121E、1991年 - 1992年)、ヤマハ(OX99、1991年 - 1992年)、ポルシェ(3512、1991年))。当時のF1における12気筒エンジンは他に、ライフ・F35(W型12気筒)、SUBARU-M.M.(水平対向12気筒)が登場したが、いずれも予備予選不通過に終わっている。
スポーツカーレース
LE3512は、1991年のスポーツカー世界選手権にも限定的に使用され、フランツ・コンラット率いるコンラット・モータースポーツと提携し、KM-011と呼ばれるマシンに搭載し、ステファン・ヨハンソンとコンラットがドライブしたが、デビュー戦となった第5戦(ニュルブルクリンク430Km)で予選不通過に終わり、第6戦(マニクール430km)で予選通過したものの、スターターモーターの故障で18周でリタイアに終わった。
スペック
戦績
- レース - 80(47スタート)
- 初戦 - 1989年ブラジルグランプリ(ネルソン・ピケ・サーキット)
- 最終戦 - 1993年オーストラリアグランプリ(アデレード市街地コース)
- 優勝 - 0
- ポールポジション - 0
- 表彰台獲得数 - 1(3位(1990年日本グランプリ、鈴木亜久里、ローラ・LC90))
- ポイント - 20
- 予選最高順位 - 5位(1989年スペイングランプリ、フィリップ・アリオー、ローラ・LC89)
- コンストラクターズチャンピオンシップ - 6位(ラルース、1990年(11ポイント))
- ドライバーズチャンピオンシップ - 12位(鈴木亜久里、1990年(6ポイント))