リカルド・ファティ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Ricardo Faty | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1986年8月4日(39歳) | |||||
| 出身地 | ヴィルヌーヴ=サン=ジョルジュ | |||||
| 身長 | 192cm | |||||
| 体重 | 75kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF (DH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| -2002 |
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| 1999-2005 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2005-2006 |
| 7 | (0) | |||
| 2006-2010 |
| 19 | (0) | |||
| 2007 |
→ | 2 | (0) | |||
| 2008-2009 |
→ | 41 | (3) | |||
| 2010-2012 |
| 47 | (3) | |||
| 2012-2014 |
| 47 | (4) | |||
| 2014-2015 |
| 31 | (4) | |||
| 2015-2018 |
| 54 | (2) | |||
| 2018-2020 |
| 48 | (3) | |||
| 2020-2022 |
| 3 | (0) | |||
| 2022-2023 |
| 11 | (1) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2012 |
| 3 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
リカルド・ファティ(Ricardo Faty, 1986年8月4日 - )は、フランス共和国イル=ド=フランス地域圏ヴァル=ド=マルヌ県ヴィルヌーヴ=サン=ジョルジュ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
クラブ
セネガル人の父とカーボベルデ人の母の下でフランスに生まれたファティは、クレールフォンテーヌ卒業後にRCストラスブールの下部組織に入団し、4部で27試合1得点を記録。翌年にはトップチーム登録され、Bチームでは14試合以上に出場し、トップでは公式戦12試合, うちカップ戦に5試合出場。2005年10月29日にリーグ戦デビューを果たした。
UEFAカップ2005-06のグループステージでASローマと対戦した際、相手のルチアーノ・スパレッティ監督はファティに興味を持った。シーズン終了後にクラブはリーグ・ドゥに降格し、ローマのオリヴィエ・ダクールがインテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍したため、移籍金35万ユーロの5年契約で加入した[1]。
ローマでは、スタディオ・ヨルギオス・カライスカキスのオリンピアコスFC戦でUEFAチャンピオンズリーグ 2006-07デビューし、ブラジル代表のかつてのスター選手リバウドのマークを務め、1-0で勝利した[2]。この役割を見事こなしたファティに対し、スパレッティ監督は賞賛を送り、多くのタブロイド紙や新聞は新しいパトリック・ヴィエラと名づけた[3]。
セリエAでの1シーズン目は満足のいくものだったが、より出場機会を得るために2年のローン契約でドイツ・ブンデスリーガのバイエル・レバークーゼンに貸し出された[1]。しかし、レバークーゼンでの出番は僅かなものとなり、2008年1月に2008-09シーズン終了までの期間でフランス・2部のFCナントへ貸し出され[4]、1部昇格に貢献。ローン期間終了後にローマに復帰し、ボランチや右サイド等でプレーしたが徐々に出場機会が減っていった。シーズン終了してから、2010年7月31日にイングランド・プレミアリーグのブラックバーン・ローヴァーズFCのトライアルに参加していることが報告された[5]が、最終的にギリシャのアリス・テッサロニキに完全移籍した。
アリスでの1年目は、公式戦に35試合2得点(ケルキラFC戦とローゼンボリBK戦)を記録。2012年に契約満了によりACアジャクシオに移籍した。
2014年8月18日、スタンダール・リエージュに4年契約で移籍した。