リカルド・マヨルガ
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | リカルド・アントニオ・マヨルガ・ペレス |
| 通称 |
El Matador(闘牛士) El Loco(破天荒) |
| 階級 | スーパーミドル級 |
| 身長 | 175cm |
| リーチ | 175cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1973年10月3日(52歳) |
| 出身地 | マナグア |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 46 |
| 勝ち | 32 |
| KO勝ち | 26 |
| 敗け | 12 |
| 引き分け | 1 |
| 無効試合 | 1 |
リカルド・マヨルガ(Ricardo Mayorga、1973年10月3日 - )は、ニカラグアの元プロボクサー。マナグア出身。元WBAスーパー・WBC世界ウェルター級統一王者。元WBC世界スーパーウェルター級王者。世界2階級制覇王者。
入場曲はロス・ファブロソス・カディラクスのマタドール。
ボクシング
スーパーライト級
1993年8月29日、スーパーライト級でプロデビュー戦を行うも、6回TKO負けで黒星デビューとなった。その後は母国ニカラグアやコスタリカを中心に試合を行った。
1995年1月28日、ミゲル・アンヘル・ペレスとニカラグアスーパーライト級王座決定戦を行い、6回TKO勝ちで王座を獲得。その後3年間ブランクがあり1998年には2連敗を喫した時期があった。
スーパーウェルター級
1999年7月24日、ホセ・コルドバとFECARBOXスーパーウェルター級王座決定戦を行い、初回KO勝ちで王座を獲得。
2000年3月18日、マルコ・アントニオ・アベンダニョとWBAフェデラテンスーパーウェルター級王座決定戦を行い、2回TKO勝ちで王座を獲得。これら地域タイトルを計5度防衛し、着実に世界ランクを上げていった。
2001年2月3日、マンダレイ・ベイ・イベント・センターでアメリカデビュー戦としてエリアス・クルスと対戦し、3回2分48秒TKO勝ち。なお、この試合からドン・キングと契約を交わした。
ウェルター級
2001年7月28日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターでWBA世界ウェルター級王者アンドリュー・ルイスとWBA世界同級タイトルマッチを行うも、2回に偶然のバッティングにより試合続行不可能となり無効試合となった。
2002年3月30日、ペンシルベニア州レディングのサンタンデール・アリーナでアンドリュー・ルイスとダイレクトリマッチによる再戦を行い、5回1分8秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2003年1月25日、WBC世界ウェルター級王者のバーノン・フォレストと王座統一戦を行い、3回2分6秒TKO勝ちを収めWBA王座初防衛とWBC・リングマガジン王座を獲得しWBAの規定によりスーパー王座に認定された。試合終了後リング上で喫煙を行った[1]。
2003年7月12日、ラスベガスのオーリンズ・アリーナでバーノン・フォレストとダイレクトリマッチを行い、12回2-0(115-114、116-112、114-114)の判定勝ちを収めWBA2度目、WBC王座初防衛に成功した[2][3][4]。
2003年12月13日、アトランティックシティのボードウォーク・ホールでIBF世界ウェルター級王者のコーリー・スピンクスと3団体王座統一戦を行うも、12回0-2(114-114、112-114、110-117)の判定負けを喫しIBF王座獲得とWBA王座3度目およびWBC2度目の防衛に失敗、WBA・WBC王座から陥落し3団体王座統一とはならなかった[5] 。この試合は8大タイトルマッチの一環として行われた[6][7]。
2003年10月に発売された『リングマガジン』2003年12月号には、タバコを咥えたマヨルガが表紙を飾り、「スポーツ界で最もクレージーな男」と題された。
ミドル級
2004年10月2日、マディソン・スクエア・ガーデンでフェリックス・トリニダードとNABC北米ミドル級王座決定戦を行うも、8回2分39秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した[8]。
スーパーウェルター級復帰
2005年8月13日、シカゴのユナイテッド・センターでWBC世界スーパーウェルター級王者ロナルド・ライトの王座返上に伴い元IBF世界ウェルター級王者のミケーレ・ピッチリーロとWBC世界スーパーウェルター級王座決定戦を行い、12回3-0(117-108、117-110、120-105)の判定勝ちを収め王座を獲得し、2階級制覇を果たした。
2006年5月6日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでオスカー・デ・ラ・ホーヤとWBC世界スーパーウェルター級タイトルマッチを行うも、6回1分25秒TKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[9]。試合後のドーピング検査でマヨルガから利尿剤のフロセミドが検出された。
スーパーミドル級
2007年7月26日、元WBA世界スーパーウェルター級王者で元IBF世界スーパーウェルター級王者のフェルナンド・バルガスと世界ランカー同士のサバイバルマッチが行われることが決まったが、気性の激しい両者が公式プレゼンでマヨルガのコメント中にバルガスを罵倒した為怒ったバルガスと関係者を巻き込んで殴り合いになるなどの乱闘を行ったことから異例となるアクリル樹脂板で仕切られた上で記者会見が行われた[10]。試合は同年11月23日にステイプルズ・センターにて行われ、12回2-0(115-111、113-113、114-112)の判定勝ちを収めた[11][12]。
スーパーウェルター級再復帰
2008年9月27日、カリフォルニア州ロサンゼルス郡カーソンのホーム・デポ・センターにてシェーン・モズリーとWBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦を行うも、12回2分59秒KO負けを喫した[13]。
2011年3月12日、個人的な確執があったWBA世界スーパーウェルター級スーパー王者ミゲール・コットと対戦し、マヨルガは最終12回にレフェリーに試合を左拳の異常を訴え試合を止めるよう促し、12回TKO負けとなった[14]。試合後「次の仕事を探す時が来た」とボクシングからの引退を発表した。
その後、アントニオ・マルガリートと対戦する噂や、2013年3月にロシアで試合を行う噂が流れるが実現には至らなかった。
2014年2月21日にロードアイランド州でボクシング復帰戦が組まれるが、2010年の総合格闘技挑戦時に続きドン・キングから再び独占契約を盾に裁判所へ提訴されたことで延期となり、代わりに同年3月22日にブルガリアで復帰戦を行う予定であったがこれも中止となった[15]。
2014年9月27日、オクラホマシティのOKC・ダウンタウン・エアパークで約3年半ぶりのボクシング復帰。アレン・メディナと対戦し、往年のリスクを顧みない攻撃で圧倒し初回1分3秒TKO勝ちで復帰に花を添えた[16]。
2015年8月29日、カリフォルニア州イングルウッドのフォーラムでシェーン・モズリーとスーパーウェルター級12回戦を行う予定だったが、マヨルガが7.4ポンドの体重超過の失態を犯したため50,000ドルの罰金を科せられた上で行われ[17]、6回2分59秒KO負けを喫した[18]。
スーパーミドル級復帰
2019年4月6日、グアテマラシティにてこの試合がプロデビュー戦となるレスター・マルティネスと対戦し、2回2分59秒TKO負けを喫し試合後に引退を表明した[19][20]。
2020年1月、地元マナグアで強盗に襲われ、財布や身につけていた時計や携帯電話を奪われた上に犯人に暴行を受け体中を骨折する重傷を負った[21]。
総合格闘技
2010年5月15日、UFCのベテラン選手ディン・トーマスとの試合がシャインファイトで組まれるが、マヨルガのプロモーターのドン・キングが独占契約を結んでいるとして裁判所に提訴、シャインファイト側は独占契約はボクシングのみに有効であり総合格闘技には適用されないとして争う構えを見せたが、試合の数時間前に裁判所が独占契約は総合格闘技においても有効との判断を下し試合は中止となった。試合に先立っての記者会見で、マヨルガは吸っていたタバコの煙をトーマスに吐きかけ乱闘騒ぎとなっていた。
2013年5月3日、総合格闘技に転向することを決心したマヨルガは母国ニカラグアで総合格闘技デビュー戦をウェズレー・ティファーと行う。1ラウンドはグラウンドに持ち込まれるもなんとか凌ぐ。2ラウンドに再びグラウンドに持ち込まれるがマヨルガは膝で反撃を試みる、その攻撃で一旦はTKO勝ちと宣言されるが、膝がルール違反となる脊椎への攻撃であったためノーコンテストと訂正された。5月10日にニカラグアの総合格闘技コミッションはルール違反の膝攻撃と計量を20ポンドオーバーしたマヨルガに出場停止3ヶ月を課した。
2013年7月27日、ニカラグアでレネ・マルティネスと対戦するが関節技で1ラウンド一本負けを喫した。
2013年12月14日、ニカラグアでセルジオ・オルティスと対戦するが2ラウンドにアームバーで一本負け。
総合格闘技から引退し再びボクシングに復帰することを表明[22]。
総合格闘技の戦績は4戦3敗1ノーコンテスト。
人物
- 重く強い左右のフックとアッパーを振り回す強打のラフファイターで「El Matador(闘牛士)」の異名が示すとおり、リスクをかえりみず勇猛果敢に打ち合いに挑み、倒すか倒されるかという勝負をする。その勝ちっぷりと負けっぷりの激しさから人気が高い。またリング外での奇行や傍若無人な言動も有名で、計量時にチキンやリンゴをかじり、試合終了後リングで葉巻を燻らしていたこともある。喫煙だけでなく飲酒を公言していることでも知られている。
- 試合発表のプレゼンと前日の公式会見やフェイスオフでマヨルガのちょっかいもしくは言動(ほとんどが罵倒)がきっかけで乱闘を引き起こすことが多く、度々関係者が引き離す事態を起こしていた。
戦績
- プロボクシング:46戦 32勝 (26KO) 12敗 1分 1無効試合
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1993年7月20日 | ☆ | 2R | KO | ホセ・モラレス | プロデビュー戦 | |
| 2 | 1993年8月13日 | ☆ | 3R 終了 | TKO | ホセ・ミゲル・アルバラド | ||
| 3 | 1993年9月5日 | ★ | 5R 終了 | TKO | ウンベルト・アランダ | ||
| 4 | 1993年10月16日 | ☆ | 6R | KO | デビッド・サルゲラ | ||
| 5 | 1995年1月28日 | ☆ | 6R | TKO | ミゲル・アンヘル・ペレス | ニカラグアスーパーライト級王座決定戦 | |
| 6 | 1995年2月18日 | ☆ | 8R | TKO | ベンジャミン・リバス | ||
| 7 | 1995年9月30日 | ☆ | 2R | TKO | アドルフォ・メンデス | ||
| 8 | 1995年12月16日 | ☆ | 3R | TKO | ミゲル・アンヘル・ペレス | ||
| 9 | 1998年1月6日 | ☆ | 4R | TKO | ヘルマン・エスピナレズ | ||
| 10 | 1998年5月16日 | ★ | 10R | 判定0-3 | ロジャー・ベニト・フローレス | ||
| 11 | 1998年9月13日 | ★ | 10R | 判定0-1 | ヘンリー・カスティージョ | ||
| 12 | 1999年3月13日 | ☆ | 1R | KO | ラファエル・バルデス | ||
| 13 | 1999年4月24日 | ☆ | 7R | TKO | ヘンリー・カスティージョ | ||
| 14 | 1999年6月12日 | ☆ | 8R | KO | ウォルター・パラシオス | ||
| 15 | 1999年7月24日 | ☆ | 1R | KO | ホセ・コルドバ | WBC中央アメリカウェルター級王座決定戦 | |
| 16 | 1999年9月25日 | ☆ | 4R | TKO | ジョバンニ・デュラン | ||
| 17 | 1999年11月27日 | △ | 2R | 負傷 | ディオスベリーズ・ウルタド | ||
| 18 | 2000年3月18日 | ☆ | 2R | TKO | マルコ・アントニオ・アベンダニョ | WBAラテンアメリカスーパーウェルター級タイトルマッチ | |
| 19 | 2000年4月7日 | ☆ | 4R | KO | ヘルマン・エスピナレズ | FECARBOXスーパーウェルター級王座決定戦 | |
| 20 | 2000年5月6日 | ☆ | 1R | KO | マヌエル・デ・ラ・ロサ | FECARBOX防衛1 | |
| 21 | 2000年6月3日 | ☆ | 10R | KO | エリオ・オルティス | WBAラテンアメリカ防衛1 | |
| 22 | 2000年7月28日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | ウォルター・パラシオス | ||
| 23 | 2000年8月31日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | フェリベルト・アルバレス | FECARBOX防衛2 | |
| 24 | 2000年11月24日 | ☆ | 2R | TKO | エルビス・ゲレーロ | ||
| 25 | 2000年12月16日 | ☆ | 1R | KO | アドルフォ・サラサー | WBAラテンアメリカ防衛2 | |
| 26 | 2001年2月3日 | ☆ | 3R 2:48 | TKO | エリアス・クルス | ||
| 27 | 2001年7月28日 | - | 2R 0:07 | NC | アンドリュー・ルイス | WBA世界ウェルター級タイトルマッチ | |
| 28 | 2002年3月30日 | ☆ | 5R 1:08 | TKO | アンドリュー・ルイス | WBA世界ウェルター級タイトルマッチ | |
| 29 | 2003年1月25日 | ☆ | 3R 2:06 | TKO | バーノン・フォレスト | WBA・WBC世界ウェルター級王座統一戦 WBA防衛1→スーパー王座に認定・WBC・リングマガジン獲得 | |
| 30 | 2003年7月12日 | ☆ | 12R | 判定2-0 | バーノン・フォレスト | WBA防衛2・WBC防衛1 | |
| 31 | 2003年12月13日 | ★ | 12R | 判定0-2 | コーリー・スピンクス | WBA・WBC・IBF世界ウェルター級王座統一戦 WBA・WBC陥落 | |
| 32 | 2004年4月17日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | エリック・ミシェル | ||
| 33 | 2004年10月2日 | ★ | 8R 2:39 | TKO | フェリックス・トリニダード | NABC北米ミドル級王座決定戦 | |
| 34 | 2005年8月13日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ミケーレ・ピッチリーロ | WBC世界スーパーウェルター級王座決定戦 | |
| 35 | 2006年5月6日 | ★ | 6R 1:25 | TKO | オスカー・デ・ラ・ホーヤ | WBC陥落 | |
| 36 | 2007年11月23日 | ☆ | 12R | 判定2-0 | フェルナンド・バルガス | WBCアメリカ大陸スーパーミドル級王座決定戦 | |
| 37 | 2008年9月27日 | ★ | 12R 2:59 | KO | シェーン・モズリー | WBAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦 | |
| 38 | 2010年12月17日 | ☆ | 9R 1:09 | TKO | マイケル・ウォーカー | ||
| 39 | 2011年3月12日 | ★ | 12R 0:53 | TKO | ミゲール・コット | WBAスーパー・世界スーパーウェルター級タイトルマッチ WBC世界スーパーウェルター級王座決定戦 | |
| 40 | 2014年9月27日 | ☆ | 1R 1:03 | TKO | アレン・メディナ | ||
| 41 | 2014年12月20日 | ☆ | 4R 終了 | TKO | アンドリック・サラレギ | ||
| 42 | 2015年8月29日 | ★ | 6R 2:59 | KO | シェーン・モズリー | ||
| 43 | 2017年4月1日 | ☆ | 3R 2:50 | TKO | ハウディエル・セペダ | ||
| 44 | 2017年11月3日 | ★ | 9R 終了 | TKO | アンドレイ・シロトキン | WBAインターコンチネンタルスーパーミドル級王座決定戦 | |
| 45 | 2018年4月7日 | ★ | 8R 1:29 | TKO | ロドルフォ・ゴメス・ジュニア | ||
| 46 | 2019年4月6日 | ★ | 2R 2:59 | TKO | レスター・マルティネス | ||
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