リベラルスーパーチェーン
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他チェーン店との競合、そして自己破産へ
当社は1962年(昭和37年)7月15日に設立された「オール日本スーパー経営者協会」(現・オール日本スーパーマーケット協会(AJS))の創設メンバーであり、当社の西岡茂が同協会の初代会長を務めた[2]。 この縁で長らくAJSグループに加盟していたが、2006年にCGCグループに鞍替えをした。[要出典]
淡路島内で食品スーパーを運営していたが、1985年に洲本市本町七丁目に存在したリベラル洲本店(破産以前に既に閉店)の2・3階で玩具・衣料品を販売していた当時のジャスコ洲本店が現在のイオン洲本ショッピングセンターに移転、食料品の販売を開始した頃から食品スーパーの競争が激化。その後もサティ(現在のイオン淡路店)などの全国大手チェーン店の出店や、さらに2000年代には四国大手チェーン店のマルヨシセンターやマルナカの出店で食品スーパーの競争がさらに激化する。その中、既存店舗のうち規模の大きい店舗を高級感ある内装へのリニューアルや淡路島外(大阪府など)への出店、南あわじ市で営業していたイズミヤの継承を行ったが、業績は悪化の一途をたどる。[要出典]
金融機関の支援を受けたり、同業大手の幹部経験者を代表に招へいするなどで立て直しを図るが奏功せず、2014年3月期末時点で約25億3600万円の負債を抱え、2014年12月14日に事業停止(店舗の営業の停止)をし、翌12月15日に自己破産申請への準備に入り[1]、2015年2月25日に神戸地方裁判所から破産手続開始決定を受けた[3][出典無効]。なお営業停止した店舗のうち、規模が大きい物部店(洲本市)、三原店(南あわじ市)、一宮店(淡路市)は同業者である「マルナカ」が引き継ぎ、事業停止5日後の2014年12月19日に営業を開始した[4][5]。