鉄輪式リニアモーターカーは、既に日本鉄道技術協会(JREA)が1984年から1986年にかけて小型試作車による基礎的な走行試験を行い、1987年からは運輸省(当時)と日本地下鉄協会(JSA)が中心となり、大阪南港試験線(大阪市住之江区南港北)で実用化に向けた本格的な走行試験が行われていた[4]。ただし、日本地下鉄協会が提案した鉄輪式リニアモーターカーは地下鉄への導入を想定したものに対し、日本モノレール協会が提案したリムトレンは高架式の新交通システム(モノレールやAGT)に代わる交通手段として開発した点が大きく異なる[4]。
モノレール(ロッキード式を除く)やAGTはゴムタイヤ駆動が主流であり、これらは走行用車輪に加えて案内輪などの補助設備や電車線が2本必要である、タイヤの交換周期が短いなど多くのデメリットが存在する[4]。鉄輪式リニアモーターカーはこれらのデメリットが解消されるるだけではなく、ゴムタイヤ駆動同様に急勾配に強く、自己操舵台車(セルフステアリング台車)は急曲線を低騒音で曲がれるなどの点が都市交通に最適と判断したものである[4]。日本モノレール協会の提案では、軌道をスラブ軌道とすることで道路上の高架橋幅を5.6 mまで縮小し、橋脚は道路中央に1本とすることで幅員16 mの道路上に建設することができる[4]。
リムトレンは地上の高架橋上を走ることから、低騒音化と急曲線の通過が絶対的な条件とされた[4]。低騒音は当然のことながら、道路上に建設するリムトレンは90度の交差点を通過する(急曲線で曲がる)ことが想定され、最小で半径25 mの曲線を導入することも必要とされた[注 2][4]。これらの課題点を確認するため、'88さいたま博覧会会場内に設置されたのが「リムトレン実験線」である[4]。
三菱重工業がUTDC(加)から技術提携を受けた[1]。実験線には以下の会社が協力した(会社名は当時)[5]
- インフラ外 - 車両・電気
- インフラ - 軌道・橋梁等
- 一般公開試乗運営・運転
リムトレンの実験線は東京港埋立第13号地に建設することが検討されたが、日立製作所幹部の妨害により実現できず[6]、横浜港付近の貨物線が検討に入り、最終的にさいたま博覧会会場に決定した[6]。
実験線の一般公開時の運転は、埼玉県が地元で、さらに新交通システム西武山口線で実績のある西武鉄道の運転士が担当した[6]。
車体はアルミニウム合金製の大形押出形材を使用しており、外板は塗装仕上げとなっている[7]。冷房装置が搭載可能な構造であるが、運用期間を考慮して換気扇と暖房器のみを備えている[7]。車内はオールロングシート構成[7]。
運転台は右手操作形のマスコンハンドルで、同時期に三菱重工業が製造した千葉都市モノレール1000形と同様な構造となっている[7]。
台車(形式なし)は三菱重工業製で軸ゴム式軸箱支持方式のリニアモーター方式空気ばね台車を使用、台車枠はインナーフレーム方式(内軸箱方式)[8]。曲線で車輪(輪軸)が自然に通過できるようリンク機構による半強制操舵機構を備えている[2]。基礎ブレーキは1軸1枚の車輪ディスクブレーキ、非常用に電磁吸着ブレーキを備えている[2]。台車重量は2,560 kg[8]。
| | 主電動機諸元 |
定 格 |
方 式 |
車上1次片側式リニア誘導電動機 |
| 定格の種類 |
1時間 |
| 極 数 |
8極 |
| 出 力 |
65 kW |
| 電 圧 |
三相交流 550V |
| 電 流 |
195A |
| 周波数 |
22Hz |
| 冷却方式 |
自然冷却方式 |
| 装架方式 |
台車枠装架方式 |
| 重量 |
850 kg |
| 標準空隙 |
11 mm |
標準 ニ次 導体 |
方 式 |
アルミエンドバー式 |
| 幅 |
360 mm |
| 厚み |
アルミ 4.5 mm |
| 鉄 25 mm |
- 実験線延長:850 m(単線) [2][3]
- 最大勾配:60 ‰(このほかに30 ‰と37 ‰の勾配がある)[2][3]
- 最小曲線半径:30 m(このほかに100 mと275 mの曲線がある)[2][3]
- 最小曲線は速度 18 km/hで通過するものとして、カントが付けられている[9]。通過速度は25 km/h(実験時)または15 km/h(一般公開試乗時)[2]
- 大部分が盛土路盤であるが、途中に道路上の高架橋を想定した区間が83.55 mあり、PRC箱型2径間連続桁構造(50.8 m)、T形断面PC桁構造(12.6 m)、SRC桁鋼・コンクリート合成構造(19.9 m)が採用された[2]。
- 電化方式:直流750 V(第三軌条方式)
- 電車線(第三軌条)には三菱電線工業が開発したステンレス冠付コパベース(銅)剛体電車線「コパルサス」を適用した[10]。これは銅製のレール(導体)に摺動面としてステンレス板をピンで結合したもので、従来のAl/SUS(アルサス)複合剛体電車線と比較して、耐食性などが大幅に改善されている[10]。車両側の集電装置は東洋電機製造製の第三軌条用小型パンタグラフ(側方集電式)PT6002-A形を使用している[11]。
リムトレンの走行試験の結果を受け、日本モノレール協会は1989年(平成元年)夏に「リニアモータ新交通システム(愛称:リムトレン)」の基本資料を公表した[12]。
基本的には日本地下鉄協会が作成した小型地下鉄と同様のものであるが、1両あたりの長さが12.95 m(連結面間)とやや短くなっている[12]。車輪径は520 mmとなり、電化方式は架空電車線方式(直流1,500V)ではなく第三軌条方式(直流750V)である[12]。
最小曲線半径は50 mを標準とするが、30 mやそれ以下とすることも認められた[12]。最急勾配は60 ‰を標準とするが、やむを得ない場合には100 ‰まで認めるものとした[12]。ただし、リムトレン方式の鉄輪式リニアモータカーは実用化していない。
- 1986年(昭和61年)
- 10月28日 - 三菱重工業・三菱電機・大林組・東急建設・東京鉄骨橋梁製作所(当時)の提案により、さいたま博覧会会場に実験線を建設することを決定[6]。
- 1987年(昭和62年)
- 5月26日 - さいたま博覧会会場内実験線の建設工事に着手[13]。
- 11月 - さいたま博覧会会場内実験線の軌道・電気設備完成[14]。
- 12月25日 - 三菱重工業三原製作所から車両を搬入[14][13]。
- 1988年(昭和63年)
- 1月6日 - 2月29日 - 公開試乗会前の走行試験を実施[2]。
- 3月19日 - 5月29日 - '88さいたま博覧会会場で公開試乗を実施[14]。試乗期間中は約34万8,000人が乗車し、走行距離は約11,000 kmを達成した[2]。
- 6月以降 - 公開試乗会後の経時変化の確認を目的とした走行試験を実施[9]。経時変化による乗り心地の低下や騒音の増大などは認められなかった[9]。この走行試験後、実験線は ほかのパビリオンとともに解体・撤去された[5]。車両2両は解体されず、三菱重工業三原製作所で保管された[15]。
- 1989年(平成元年)11月 - 幕張メッセで開催した「国際アーバンインフラテック'89」において、1両が陸送搬入の上、会場で展示された[15]。
- 1994年(平成6年)6月 - 高知県日高村にあったシブヤ観光農園(廃業)に2両とも搬入され、喫茶店に改装された[16]。