バジリカータ州
イタリアの州
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地理
位置・広がり
しばしばブーツに喩えられるイタリアの「土踏まず」から「踝」にかけてあたりの地域で、イタリア半島の南部、カラブリア半島の付け根に位置しており、南東部はイオニア海(ターラント湾)に面する。また、州域の西南部はティレニア海にも面している。北から東にかけてプッリャ州、南にカラブリア州、西にカンパニア州と境界を接する。
州都ポテンツァは州域北西部の内陸に位置し、バーリから西南西へ104km、ターラントから西北西へ124km、ナポリから東南東へ約132km、首都ローマから東南東へ約313kmの距離にある。州には2つの県があり、西部がポテンツァ県、東部がマテーラ県である。
主要な都市
人口1万5000人以上のコムーネは以下の通り。人口は2011年1月1日現在[2]。
地勢
アペニン山脈が州の多くを占めており、全体的に起伏の多い地形である。最高所はMonte Vultureの1,326m。
歴史

バジリカータ地方は、古代にルカニア (Lucania) と呼ばれた地域の一部にあたる。

この地域は、独立したイタリックのポリス連合の一部でしたが、海岸部は紀元前331年にルカニア人に再征服されるまで、マグナ・グラエキアの一部でした。
古代ルカニア文明の象徴は、獅子の頭と水蛇の体を持つキメラでした。
の地域は古代ローマ人に征服された。その後ビザンチン帝国に引き継がれ、1000年頃にはオートヴィル家によるノルマン人征服も受けた。彼らの存在により、バジリカータのガロ・イタリック語圏の飛び地が存続している。この地域は後にアラゴン人やスペイン人に支配された。その後、ブルボン朝両シチリア王国の一部となり、1860年の千人隊の後、統一イタリア王国(1861年宣言)に併合された。
行政区画
文化・観光
言語
2006年の国立統計研究所(ISTAT)の統計によれば、6歳以上の住民の家庭内での会話における言語状況は以下の通り[5]。イタリア語(Italiano)、地方言語(Dialetto)、他の言語(Altra lingua)についてのデータで、左列が全国平均、右列がバジリカータ州の数値である。
| 家庭内の会話における使用言語 | 全国 | 州 |
|---|---|---|
| イタリア語のみ、あるいは主にイタリア語 | 45.5% | 27.4% |
| 地方言語のみ、あるいは主に地方言語 | 16.0% | 29.8% |
| イタリア語と地方言語の双方 | 32.5% | 41.2% |
| 他の言語 | 5.1% | 0.9% |
世界遺産
スポーツ
交通
空港
- ピスティッチ空港 (マテーラ県)
人物
著名な出身人物
- ヒッパソス - 紀元前5世紀の数学者。メタポンティオン(現在のベルナルダ近郊)の人。
- ホラティウス - 古代ローマの詩人。現在のヴェノーザ生まれ。
- カルロ・ジェズアルド - 16-17世紀の貴族(ヴェノーザ公)、作曲家。ヴェノーザ生まれ。
- カルミネ・クロッコ - 19世紀の山賊(ブリガンテ)、反イタリア王国政府活動家。リオネーロ・イン・ヴルトゥレ生まれ。
- フランチェスコ・サヴェリオ・ニッティ - 19-20世紀の経済学者・政治家、イタリア王国首相。メルフィ生まれ。
- エミリオ・コロンボ - 20-21世紀の政治家、イタリア共和国首相・欧州議会議長。ポテンツァ生まれ。
- パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ - 20世紀の映画監督・脚本家・小説家。メルフィ生まれ。
ゆかりの人物
- フランシス・フォード・コッポラ - 米国の映画監督。祖父がベルナルダ生まれ。
