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レイモン・サヴィニャック

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レイモン・サヴィニャック。1988年トゥルーヴィルの自宅にて

レイモン・サヴィニャック(フランス語: Raymond Savignac、1907年11月6日 - 2002年10月29日[注釈 1])は、フランスのポスター画家[4]。単にサヴィニャックとも呼ばれる。特に数々の商業ポスターは今日のフランス文化の一部をなしており、シンプルな機能美とユーモラスな筆致が特徴である。

1907年11月6日、パリに生まれる[4]。両親はアヴェロン県からパリに出てボンマルシェデパートに勤務していたが、グラシエール街で小さなレストランを始める[3]。1914年、第一次世界大戦により父は召集され、母は工場に動員される[3]。レイモンは公立の小学校に通う[3]。1920年、中学では商業科のクラスに入る[4]。両親はレアールの食品卸売市場のそばでカフェを始める[3]。レイモンは学校での勉強が好きになれず、自転車競技に夢中になるがチャンピオンになる夢は諦める[4]。

1923年、STCRP(パリ地域公共交通公団)の図案画工となり、夜学で工業デザインを学ぶ[4]。1925年、ロベール・ロルタック(フランス語版)広告アニメーション映画工房に入社する[4]。1927年から兵役に服し、1年半の兵役を終えるとロルタックのスタジオに戻る[3]。

1933年、アリアンス・グラフィック社を訪れA.M.カッサンドルに自分の作品を見せたところ、その場でカッサンドルのアシスタントとして採用される[4][3]。カッサンドルの元での仕事はサヴィニャックにとって最初の転機となる[4]。1938年、モンルージュのドラジェール兄弟印刷所にポスター下絵師・図案家として入社する[4]。

1939年、第二次世界大戦の宣戦布告と同時に召集される[4]。1940年、従軍休暇中にマルセル・メルシエと結婚する[4]。独仏休戦協定が結ばれ、サヴィニャックはパリに復員する[4]。

1942年、ロレアル傘下の広告代理店である広告コンソーシアム社のプロデューサー、ロベール・ゲランと出会い、その口利きで広告コンソーシアム社に入社する[4][3]。1944年、広告コンソーシアム社の仕事をしながら、広告会社アルジャンヴィックとも仕事を始める[4]。1947年、広告コンソーシアム社を解雇される[4]。

1948年、旧知のベルナール・ヴィルモ(フランス語版)と再会し、ヴィルモは行き場のないサヴィニャックを自分のアトリエに誘う[4]。1949年、ヴィルモと二人展を開催する[4]。この展覧会でロレアルの創業者ウージェンヌ・シュエレール(フランス語版)は、サヴィニャックの描いたモンサヴォン石鹸(fr:Monsavon)の牝牛の絵を発見し、自社の広告に採用する[4]。このポスターにより、サヴィニャックはポスター作家として一躍脚光を浴びる[1]。サヴィニャックは自伝で、「私は41歳の時、モンサヴォン石鹸の、牝牛のおっぱいから生まれた」と語っている[5]。

1950年代から1960年代にかけて、サヴィニャックの最も有名な作品が次々と生まれた[4]。エールフランス、ミシュラン、ペリエ、ライフ、ダンロップといった企業ポスターを手がけた[6]。1961年にはビックのマスコットキャラクター、ビックボーイをデザインした[7]。日本でも森永ミルクチョコレート、サントリー、豊島園などのポスターを手がけた[1]。映画ポスターとしては、イヴ・ロベール監督の『わんぱく戦争』、ロベール・ブレッソン監督の『湖のランスロ』が知られている[8]。

1960年代の終わり頃になると写真ポスターが台頭して手描きポスターは衰退し始め、サヴィニャックもその影響を受ける[3]。1975年、ロベール・ラフォン書肆(fr:Éditions Robert Laffont)から自伝を出版する[3]。

1979年、パリを仮住まいとして、一家でノルマンディー地方のトゥルーヴィル=シュル=メールに移住する[1]。1982年にはパリから完全に離れる[1]。1981年からシトロエンのキャンペーンポスターを手がけ、1984年まで続いた[3]。

1986年には展覧会「ポスターの舞踏会 (Bal des Affiches)」がトゥルーヴィルのカジノで開催される[9]。1993年には回顧展「トゥルーヴィルにおけるサヴィニャック (Savignac à Trouville)」が市立モンテベロ美術館 (Musée Villa Montebello) で開催され、館内に「サヴィニャックの間」が特設された[9][注釈 2]。また同年、トゥルーヴィル市のロゴマークデザインを手がけた[9]。2001年、市はサヴィニャックの功績をたたえ、19世紀後半に造られた砂浜の遊歩道(Planches)を「サヴィニャック散歩道 (Promenade Savignac)」と命名し、彼の手がけた数々のポスターで飾ることを決定した[9]。

2002年10月29日、サヴィニャックはトゥルーヴィルで亡くなった[4]。94歳没

展覧会(日本)

  • パリの空のポスター描き レイモン・サヴィニャック展
  • レイモン・サヴィニャック展
  • パリの空のポスター描き レイモン・サヴィニャック展
  • サヴィニャック 「ハッピークリスマス!」
  • 《牛乳石鹸モンサヴォン》から生まれたポスター描き レイモン・サヴィニャック展
  • レイモン・サヴィニャック展 パリの空のポスター描き
  • サヴィニャック生誕100周年記念展 “Happy Birthday to our Savignac”-Savignac weeks-
    • ロゴスギャラリー(渋谷パルコ パート1 / B1F)、2007年10月24日 - 11月7日[1]
  • レイモン・サヴィニャック展
    • 株式会社ノエビア銀座本社ビルギャラリー(1F)、2008年5月19日 - 6月22日[17]
  • レイモン・サヴィニャック展 ─ 41歳、「牛乳石鹸モンサヴォン」のポスターで生まれた巨匠
  • レイモン・サヴィニャック展 パリの街が愛したポスター
  • 微笑みを運ぶポスター レイモン・サヴィニャック展
    • Bunkamura Gallery、2017年3月8日 - 3月20日[19]
  • サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法
  • 没後20年記念 レイモン・サヴィニャック展
    • Bunkamura Gallery、2022年6月18日 - 6月29日[25]
  • レイモン・サヴィニャック展 パリで見つけた笑顔を飾ろう
  • レイモン・サヴィニャック展 チョコっと笑顔を届ける、魔法のポスター
    • Bunkamura Gallery 8/(渋谷ヒカリエ8F)、2025年12月6日 - 2026年1月4日(予定)[27]

影響

日本のアーティスト吉村益信に『豚・pig lib;』(1971年)という作品があり[28]、サヴィニャックの広告ポスター「ランクハム」(1951年)を参考にしている[29]。

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

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