レイランド・アトランティアン
From Wikipedia, the free encyclopedia

英国における第二次世界大戦直後のバス運行は搬送可能な乗客数の飽和状態に直面し、バス製造業者は製造コストの低減を模索していた。戦前にリアエンジン型式バスの実験車両が製造されていたが成功作と言えるものは無く、試作の域を出なかった。幾つかの床下エンジン型式の通常型バスよりも、乗客収容空間をエンジンが侵食する部分を最小限に抑えることに重点が置かれた。しかしながら、このような設計は車両の床の高さを嵩上げすることになり、乗降口の段差を増やすことになった。2階建バスにおいてこれは車両の全高を増大させ、室内高の不足を招くことになり問題が増幅された。
1952年にレイランド社はリアエンジン型式の2階建バス構想の実験を始めた。最大許容幅が7 ft 6 inのSARO社製ボディを架装した試作車が製造された。この車両は後部のサブフレーム上にレイランド・O.350エンジンを横置きに搭載していた。シャーシは厚みのあるサイドメンバーが付いた鋼と軽合金を使用したプラットフォーム型式のフレーム構造であった。自動クラッチと自動変速ギアボックス(self change gearbox)も備えていた。製造番号530001のこの試作車にはSTF90の登録番号が付けられ、型式名はPDR1(Rはリアエンジンを示す)とされた。
1956年にメトロポリタン・キャメル・キャリッジ・アンド・ワゴン社(Metropolitan Cammell Carriage and Wagon:MCCW)製ボディを架装し、再びO.350エンジンをフレーム上に横置きした2番目の試作車XTC684 (No. 542209)が製造された。この車両は遠心クラッチ、ニューマチック・サイクリック変速機(pneumatic cyclic gearbox)とアングルドライブ[1]を備えていた。全高は13 ft 2.75 in、ホイールベースは16 ft 2.875 in、全長は29 ft 10 inで乗客定員は78名であった。レイランドはこの試作車を「ローローダー(Lowloader)」と命名した。
2台の試作車は徹底的にテストされたが、これらの車両には車体後部の乗車口と運転手の横に無駄な空間がありフロントエンジン型式バスと同じ問題点が残されていた。
PDR1/PDR2

1956年に製造と使用に関する法令(Construction and Use Regulations)の改正が行われ、2階建バスの最大長が30 ftに伸ばされたことにより前車軸の前に幅広の乗車口を設けることが可能となった。これにより当初は運転手が乗客の乗車を確認し車掌が料金を収受することができるようになったが、直ぐにこの構造はワンマン運行が可能な形態であることが分かった。レイランド社は新しい法令に乗じて、アールズコート(Earls Court)で開催された1956年度の商業車ショー(Commercial Motor Show)で「アトランティアン」の最初の試作車を発表した。この車両はバス製造業者が規定した前方乗車口を備えていたが、幾つかの要因が市販に当たっての障害となっていた。主な問題は、ベンチシートを使用した車室内に相変わらずエンジンが置かれていたため下層の車室内でのエンジン騒音が酷いことであった。
機械的にはアトランティアンの試作車の281 ATCはローローダーに類似しており、車体後部にO.600エンジンを横置きに搭載し、ニューマチック・サイクリック変速機を横並びにエンジンと直列に結んでいた。アトランティアンは軽量で強靭なフレーム外皮構造であった。フレームの補強と客室の床の土台という双方の目的を満たすために、軽合金製の床板はフレームに直接リベットで留められた。試作車はローローダー出自のプラットフォーム型式のフレーム構造を踏襲しており、ドロップセンター式の後輪車軸のおかげでバスの全長に渡り地面から僅か1段の高さの段差の無い床を実現していた。
この試作車は国内中の様々なバス会社へ披露された。もう1台登録されなかった同型車がテストベッドとして使用され、最終的に2台共スクラップにされた。

1958年までにレイランド社は大部分の問題点を解決し、エンジンは車体後部の客室とは切り離され独立したエンジン室に収められた。ホイールベースが16ft 3inの最初の量産車「アトランテイアン PDR1/1」が1958年度の商業車ショーで発表された。この量産車は、リーフスプリングの通常型式の前後車軸、溝型鋼フレームを使用した試作車よりも簡潔な機械機構を有していた。このシャーシにグラスゴー社(Glasgow Corporation)、ジェームズ・オブ・アマンフォード社(James of Ammanford)、ウォラシー社(Wallasey Corporation)が各々架装した最初のバスが1958年12月に運行を開始した。
1964年以降アトランティアンにドロップセンター式の後輪車軸がオプションで提供された。この型式のアトランティアンは「アトランテイアン PDR1/2」として知られ、その後期型は「アトランテイアン PDR1/3」となった。1967年にレイランド社は全長33 ftのボディを架装できる「アトランテイアン PDR2/1」を発表した。
バス会社の中には当初その実績のある信頼性からフロントエンジンの車両を購入し続けるところもあったが、アトランティアンは成功作となった。国有バス会社(National Bus Company)とスコティッシュ・バス・グループ(Scottish Bus Group)は各々ブリストル・VR(Bristol VR)とデイムラー・フリートライン(Daimler Fleetline)を好んで使用したが、アトランティアンは地方自治体のバス会社でその人気の高さを証明した。アバディーン、グラスゴー、エディンバラ、ニューカッスル、マンチェスター、リヴァプール、ノッティンガムやサンダーランドの会社で多数のアトランティアンが購入された。
1972年までに6,000台以上のアトランティアンが運行された。

