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レックス・キング

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レックス・キング(Rex King、本名:Timothy Alan Smith、1961年9月8日 - 2017年1月9日[1])は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ニューヨーク州ジェニーバ出身[2]。

リングネーム レックス・キング
ティモシー・ウェル
本名 ティモシー・アラン・スミス
ニックネーム セクシー・レクシー
身長 180cm[1] - 183cm[2]
概要 レックス・キング, プロフィール ...
レックス・キング
プロフィール
リングネーム レックス・キング
ティモシー・ウェル
本名 ティモシー・アラン・スミス
ニックネーム セクシー・レクシー
身長 180cm[1] - 183cm[2]
体重 108kg[1] - 112kg[2]
誕生日 (1961-09-08) 1961年9月8日[2]
死亡日 (2017-01-09) 2017年1月9日(55歳没)[2]
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州
オンタリオ郡ジェニーバ[2]
トレーナー ディーン・マレンコ[2][1]
デビュー 1987年[2]
引退 2001年[3]
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ティモシー・ウェル(Timothy Well)のリングネームでも知られ、スティーブン・ダンことスティーブ・ドールとのタッグチーム、サザン・ロッカーズ(The Southern Rockers)およびウェル・ダン(Well Dunn)などで活躍した[3][4]。

来歴

1987年、ジム・クロケット・プロモーションズのTVテーピング番組におけるジョバーとしてデビュー。ケビン・サリバン、タリー・ブランチャード、アーン・アンダーソン、ボビー・イートン、スタン・レーンらのジョブ・ボーイとなり、同様のポジションにいたジミー・バックランドにも白星を献上した[5]。同年末からはWWFのTVテーピングにも出場して、ジム・ドゥガン、アルティメット・ウォリアー、ハート・ファウンデーション(ブレット・ハート&ジム・ナイドハート)、デモリッション(アックス&スマッシュ)、バッドニュース・ブラウンらメインイベンターのスカッシュ・マッチ用のジョバーを務めた[6][7]。

1989年、太平洋岸北西部のNWA所属団体だったパシフィック・ノースウエスト・レスリング(PNW)に参戦。しばらくはジョバー要員だったが、PNWを離れたスコット・ピーターソンに代わるスティーブ・ドールの新パートナーに起用されることになり、ドールとのアイドル系タッグチーム、サザン・ロッカーズ(The Southern Rockers)として活動[3]。以降、NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座を通算4回に渡って獲得した[8]。シングルでは、同年10月7日にスコッティ・ザ・ボディからNWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を[9]、11月25日にアル・マドリルから同TV王座を[10]、それぞれ奪取している。

1990年、ドールとのサザン・ロッカーズでテネシー州メンフィスのUSWAに参戦。2月3日にブライアン・リー&ロバート・フラーを破り、USWA世界タッグ王座を獲得した[11]。同年9月には、揃って全日本プロレスに初来日。マレンコ・ブラザーズ(ジョー・マレンコ&ディーン・マレンコ)、ブリティッシュ・ブルーザーズ(ダイナマイト・キッド&ジョニー・スミス)、ザ・ファンクス(ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク)とも対戦した[12]。翌1991年3月の再来日では、同月30日の富山市大会において、小橋建太&ジョニー・エースが保持していたアジアタッグ王座に挑戦している[13]。

その後はプエルトリコのWWCなどを転戦しつつ、ドールとのコンビでUSWAを主戦場に活動。1993年4月12日にはザ・ムーンドッグス(スポット&スプラット)を破り、USWA世界タッグ王座に返り咲いている[11]。同年6月より、当時USWAと提携していたWWFにドールと共に登場[14]。ハービー・ウィップルマンをマネージャーに迎えてヒールに転向し、ドールはスティーブン・ダン(Steven Dunn)、自身はティモシー・ウェル(Timothy Well)と名乗り、チーム名も双方の姓の連名が "well‐done" のダブル・ミーニングとなるウェル・ダン(Well Dunn)と改名[3][4]。スモーキン・ガンズ(ビリー・ガン&バート・ガン)、メン・オン・ナ・ミッション(モー&メイブル)などのチームと対戦した[14]。9月29日のTVショーでは、サザン・ロッカーズに多大な影響を与えたロックンロール・エクスプレス(リッキー・モートン&ロバート・ギブソン)に挑戦、ジム・コルネットの介入もあってリングアウト勝ちを拾っている[15]。以降、WWFではマンデー・ナイト・ロウのアンダーカードで活動し、ザ・ブッシュワッカーズ(ブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムス)と抗争を展開した[16]。

WWF離脱後はリングネームをレックス・キングに戻し、単身でのWWC参戦を経て、1996年1月にドールとのサザン・ロッカーズとして5年ぶりに全日本プロレスに来日。同月12日の高松市大会では、小川良成が保持していた世界ジュニアヘビー級王座に挑戦した[17]。その後はドールと袂を分かち、1997年2月と9月にはWWCでのパートナーだったショーン・モーリーを帯同して全日本プロレスに参戦。2月の来日時にはスタン・ハンセンとのシングルマッチも行われた[18]。

以降もWWCを主戦場とし、2000年2月12日にはホセ・リベラ・ジュニアを下してプエルトリコ・ヘビー級王座を獲得[19]。2001年はエディ・コロンと抗争したが、9月のムスタファ・サイードとの試合中に首を負傷、引退を余儀なくされた[3]。その後、2004年まで時折インディー団体のリングに上がることもあったが、フルタイムのレスラーとしての復帰は叶わなかった[2]。

2017年1月9日、55歳で死去[3]。晩年は健康上の諸問題を抱えていた[3]。

獲得タイトル

パシフィック・ノースウエスト・レスリング
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座 : 1回[9]
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座 : 4回(w / スティーブ・ドール)[8]
  • NWAパシフィック・ノースウエストTV王座 : 1回[10]
ユナイテッド・ステーツ・レスリング・アソシエーション
  • USWA世界タッグ王座 : 5回(w / ジョーイ・マッグス(英語版)×1、スティーブ・ドール×4)[11]
ワールド・レスリング・カウンシル
ミュージック・シティ・レスリング
  • MCW北米タッグ王座 : 1回(w / スティーブ・ドール)[22]

脚注

外部リンク

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