ハービー・ウィップルマン
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ハービーナ
ダウンタウン・ブルーノ
レナード・スパジンスキー
| ハービー・ウィップルマン | |
|---|---|
![]() 1994年 | |
| プロフィール | |
| リングネーム |
ドクター・ハービー・ウィップルマン ハービーナ ダウンタウン・ブルーノ レナード・スパジンスキー |
| 本名 | ブルーノ・ラウアー |
| ニックネーム | ペンシルベニア・パンク |
| 身長 | 170cm |
| 誕生日 | 1965年10月27日(60歳) |
| 出身地 |
|
| 所属 | WWE |
ハービー・ウィップルマン(Harvey Wippleman、本名:Bruno Lauer、1965年10月27日 - )は、アメリカ合衆国のプロレス関係者。
1990年代初頭にヒールのマネージャーとして登場して以来、WWEに在籍[1]。2000年代からはバックステージ・コーディネーターとなって舞台裏を支えている[1]。
少年時代の1979年、地元ペンシルベニアのサーカスにおけるレスリング・ショーにて、リング撤去を手伝ったことが業界入りのきっかけだったという[2]。各地のプロモーションでの活動を経て、1986年よりテネシー州メンフィスのCWAに、ダウンタウン・ブルーノ(Downtown Bruno)を名乗って登場[2]。WWFに移籍したジミー・ハートの後継者的なキャラクターとなってヒール勢のマネージャーを担当し、CWAのエースだったジェリー・ローラーとの抗争に臨んだ[2]。
その後、アラバマのCWFやCWAの後継団体USWAを経て、1991年にドクター・ハービー・ウィップルマン(Dr. Harvey Wippleman)と改名してWWFに登場。ザ・ウォーロード、シッド・ジャスティス、カマラ、ジャイアント・ゴンザレス、ミスター・ヒューズ、アダム・ボムなど、小柄な自分とは対照的な巨漢レスラーを多く担当した(ジ・アンダーテイカーとの抗争を指揮したゴンザレスとは身長差60cm以上もの超凸凹コンビだった[3])。
彼らのブレーンとなって活動する一方、自身もリングアナウンサーのハワード・フィンケルと抗争し、1995年1月9日にフィンケルを相手にタキシードマッチを行ったこともある[4]。同年には女子プロレスラーのバーサ・フェイとの恋愛アングルも組まれた[5]。
マネージャー引退後は一時レフェリーに転身して、1999年9月26日の『アンフォーギヴェン』ではジェフ・ジャレットとチャイナのインターコンチネンタル王座戦を裁いている[6]。以降は舞台裏でのコーディネート業務に携わりつつ、時折「汚れ役」として番組内に出演。2000年1月31日の『ロウ・イズ・ウォー』では女装してハービーナ(Hervina)なる偽ディーヴァに扮し、"Lumberjill Snowbunny Match"(雪を敷き積めた特設プール上でのランバージャック・マッチ)にてザ・キャットことステイシー・カーターからWWF女子王座を奪取[7][8]。「男性初の女子王者」となったが、試合後に正体を暴かれ、リタやルナ・バションら女子選手たちから袋叩きに遭っている。翌2月1日収録の『スマックダウン』にてジャクリーンを相手に防衛戦を行うも17秒で敗退、一日天下で終わった[7][9]。
その後もWWEのバックステージで活動する一方、古巣メンフィスのインディー団体にダウンタウン・ブルーノの旧名でスポット出場し、レフェリーやマネージャーを務めることがある[1]。2008年には自著 "Wrestling with the Truth" を発表した[2]。
担当選手
WWEのブルックリン・ブロウラーことスティーブ・ロンバルディは、マネージャーとしてのウィップルマンの過小評価ぶりに異を唱えており、「リングに立つだけで2万人を怒らせることができる男」と彼を評している[10]。
