レッドゴッド
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| レッドゴッド | |
|---|---|
| 欧字表記 | Red God |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1954年2月15日 |
| 死没 | 1979年 |
| 父 | Nasrullah |
| 母 | Spring Ruin |
| 母の父 | Menow |
| 生国 |
|
| 生産者 | Harry Frank Guggenheim |
| 馬主 | Harry Frank Guggenheim |
| 調教師 | Cecil Boyd-Rochfort(イギリス) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 14戦5勝 |
| 獲得賞金 |
3,062ポンド +37,389ドル |
レッドゴッド(Red God、1954年 - 1979年)は、アメリカ合衆国生産のサラブレッドの競走馬。イギリスで競走生活を送り、のちに種牡馬となってからブラッシンググルームなどを送りだした。
グッゲンハイムの所有する牧場で生まれた牡馬である。幼駒の時期にイギリスに送られ、セシル・ボイド=ロックフォート調教師へと預けられた。2歳時はグッドウッド競馬場のリッチモンドステークスで勝ちを挙げている。
3歳のときにレッドゴッドは生まれ故郷でもあるアメリカ合衆国へと送られ、そこで新たな競走生活を送ることになった。現地においての4歳までの競走生活でローズベンハンデキャップを含む4勝を挙げ、そこそこの賞金を稼いで引退した。
引退後は1960年よりアイルランドキルデア県のロートンスタッドで種牡馬となった。レッドゴッドは競走成績こそ今ひとつであったが、種牡馬として成功した。父ナスルーラ譲りの気性の荒さを持っており、これは産駒にも総じて遺伝している。
代表産駒として名の挙がるものに、ブラッシンググルーム(1974年生・牡馬)とレッドロード(1973年生・牡馬)のプール・デッセ・デ・プーラン優勝馬2頭、チェヴァリーパークステークス優勝馬ジェイシンス(1970年生・牝馬)、スプリンターとして名を馳せたイエローゴッド(1967年生・牡馬)などがいる。
その後の父系
日本ではイエローゴッドからカツトップエースが出たものの、その後長くは続かず1980年代を最後にほぼ断絶、アイルランド生まれで引退後は日本で種牡馬生活を送ったベイラーンも産駒ネオキーストンやテルノホープなど数頭を残したのみで早世した。他方で外国ではベイラーンの全弟でフランス生まれのブラッシンググルームが種牡馬として勢力を拡大し、産駒レインボウクエストやコマンダーインチーフは日本でも多くの後継馬を残している。レッドゴッドの父系は「レッドゴッド系」と呼ばれて父ナスルーラの血統から細分化されていたが、ブラッシンググルームの父系の広がりの強さから、すでに使われる機会の少ない呼称となっている。詳しくはブラッシンググルーム系も参照。