ブレニム (競走馬)
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1929年、2歳時にデビュー。デビュー戦のマントンプレートから、スピーディプレート・ニューステークス・ホープフルステークスまで4連勝した後、3戦連続2着という成績を残した。
翌1930年、3歳初戦のグリーナムステークスは惨敗、2戦目の2000ギニーは4着に終わったが、6月4日、3戦目のダービーステークスを優勝。しかしそのレース中に負傷したため、ダービーステークスを最後に引退、種牡馬となった。
1936年、産駒のマームード (Mahmoud) がダービーステークスを優勝し、親子制覇を達成。同年、アメリカ合衆国のクレイボーン・ファーム、カルメット・ファーム、グリーンツリー・ファーム、ストナー・クリーク・スタッドを含むシンジケートに売却された。アメリカでは既に同名の馬がいたためブレニムII (Blenheim II) と呼ばれた。アメリカでもアメリカクラシック三冠馬ワーラウェイ (Whirlaway) を生み、1941年のリーディングサイアーに輝いている。
1958年に死亡。遺体はクレイボーン・ファームに埋葬されている。
代表産駒
- ジェットパイロット / Jet Pilot(1947年ケンタッキーダービー)
- ドナテッロ / Donatello(1937年デルビーイタリアーノ、ミラノ大賞典)
- ビッグヴイ / Big V(キヨタケ(1959年桜花賞)の父)
- マームード / Mahmoud(1936年ダービーステークス)
- ワーラウェイ / Whirlaway(1941年アメリカクラシック三冠)
ブルードメアサイアーとしての代表産駒
- ウィストフル / Wistful(1949年ケンタッキーオークス、コーチングクラブアメリカンオークス)
- カウアイキング / Kauai King(1966年ケンタッキーダービー、プリークネスステークス)
- ナスルーラ / Nasrullah(1943年チャンピオンステークス、米リーディングサイアー4回、英愛リーディングサイアー1回)
- ルパイヨン / Le Paillon(1947年凱旋門賞)