ロブ・ディアー

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生年月日 (1960-09-29) 1960年9月29日(65歳)
身長
体重
190 cm
105 kg
ロブ・ディアー
Rob Deer
ミルウォーキー・ブルワーズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州オレンジ
生年月日 (1960-09-29) 1960年9月29日(65歳)
身長
体重
190 cm
105 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手, 一塁手
プロ入り 1978年 ドラフト4巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名
初出場 MLB / 1984年9月4日
NPB / 1994年4月9日
最終出場 MLB / 1996年8月5日
NPB / 1994年7月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

ロバート・ジョージ・ディアーRobert George "Rob" Deer , 1960年9月29日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オレンジ出身の元プロ野球選手外野手)。

スポーツ・イラストレイテッド誌の表紙を飾ったこともある。

1978年MLBドラフト4巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツに指名され契約。1984年9月4日メジャーデビューを果たす。その後はミルウォーキー・ブルワーズデトロイト・タイガースボストン・レッドソックスと渡り歩く。

1991年、メジャーのシーズン最低記録(当時)となるシーズン打率.179を記録する。この記録はその後2013年ダン・アグラが同じ打数・同じ安打数で並び、2018年クリス・デービスによって.168へと更新された[1][2]

1994年、メジャーリーグ在籍10年で打率.220ながら通算226本塁打という実績をひっさげて阪神タイガースに入団。年俸は2億7000万円。春季キャンプの打撃練習では凄まじい飛距離の打球を披露し、キャンプ地の安芸市営球場には急遽「ディアーネット」が設置されたほどだった[注 1]パンチョ伊東も「甲子園での場外ホームランが期待できるかもしれない」と太鼓判を押していた[注 2]

シーズンに入ると、外角低めの変化球をことごとく空振りして三振を量産した。三振率は三振の多かったラルフ・ブライアントを大きく上回って4割に迫り(.396)[3]、「2億7000万円の大型扇風機」、「オマリーの話し相手」と揶揄された。それでも監督の中村勝広は「いつか打つだろう」と述べ、亀山努をベンチに下げてまでディアーを使い続けた。しかし調子は上がらず、出場70試合で打率.151、8本塁打という成績に終わった[3]。打った本塁打の大半はデーゲームで、鳥目なのではないかという説もあった。8月に右手親指靭帯断裂で帰国し、そのまま退団となった。

帰国後の1996年サンディエゴ・パドレスでメジャー復帰を果たすものの、50打数30三振(三振率.600)という驚異的な三振率を記録し、同年限りで現役引退。

引退後はマイナーリーグの打撃コーチを務めた。コーチとして選手を指導する際、「俺のようなスイングはするな」と語ったことがある。2012年から2年間は、シカゴ・カブスの打撃コーチ補佐を務めた[4]

プレースタイル

「ホームランか三振」というバッターで、1986年から1992年まで毎年130以上の三振と20本以上の本塁打(1988年を除けば毎年25本塁打以上)を記録した。特筆すべきなのは1991年の打率.179、25本塁打という成績で、規定打席到達者としては前述のデービスが更新するまで、1901年以降のメジャーリーグで歴代最低の打率であった。

低い打率と多い三振の陰で見逃されがちであるが、早打ちせず多くの四球を選ぶ打者でもあった。1987年にはアメリカンリーグ6位の86四球を選んでいる。打率.179に終わった1991年は89四球で、打率.332のウェイド・ボッグスと並んでリーグ8位タイに入っている。また、MLBで100三振以上を記録した8シーズン中5シーズンで出塁率と打率の差が.100以上であった。但し打率が余りにも低いので出塁率が.350を超えたのは1度だけであった。更に通算打率と通算出塁率の差も.100以上ある(打率/出塁率:.220/.324)など決してフリースインガーというわけではなかったことが窺える[5]

セイバーメトリクスで「スリー・トゥルー・アウトカムズ」(Three True Outcomes、略してTTO、直訳すると「3つの真実の結果」)とは、打者の打撃結果のうちホームラン四球三振の3つをまとめて表す用語である[6][7][8]。この3つはいずれも打席がボールデッドとなって終わり、守備側の野手の能力に影響されないという共通点がある[注 3]アダム・ダンジョーイ・ギャロラッセル・ブラニアンのようにTTO率の高いタイプの打者は「TTO選手」などと呼ばれる[6]。このTTOは、元来はディアーやゴーマン・トーマスを称揚するために冗談として作られた用語であった[8]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1984 SF 133224540031331100701100.167.375.542.917
1985 781871622230518612001022300710.185.283.377.660
1986 MIL 134546466751081733323086522372331794.232.336.494.830
1987 1345664747111315228216801240186651864.238.360.456.816
1988 135555492711242402321785950551471534.252.328.441.769
1989 13053246672981822619865480260541588.210.305.425.729
1990 13451144057921512719069230364641470.209.313.432.745
1991 DET 13453944864801422517364130289101753.179.314.386.700
1992 11044839366972013221564420151131318.247.337.547.884
1993 9036732348701101412339320338131204.217.302.381.683
BOS 381651431828617571620002002492.196.303.399.702
'93計 12853244666981712118055520358151696.210.303.386.689
1994 阪神 702261922129408572100003212764.151.279.297.576
1996 SD 2564509930424900001400301.180.359.480.839
MLB:11年 11554512388157885314813230171760043312225752732140938.220.324.442.766
NPB:1年 702261922129408572100003212764.151.279.297.576
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

MLB
  • シーズン打率.179(1991年) - ダン・アグラ(2013年)[9]と並んでメジャーリーグ歴代ワースト2位タイ(規定打席到達以上)、ワースト1位はクリス・デービス(2018年)の.168[1][2]
  • シーズン三振186(1987年) - アメリカンリーグ歴代9位、両リーグ歴代24位[10]
  • リーグ最多三振:4回 (1987年、1988年、1991年、1993年)
  • 1試合5三振(1987年8月8日)
  • 通算三振率.363 - メジャーリーグ歴代2位(3,000打席以上)[注 4]

※歴代記録の順位は2014年シーズン終了時点。

NPB

背番号

  • 45 (1984年、1986年 - 1990年)
  • 28 (1985年、1992年 - 1993年、1996年)
  • 44 (1991年)
  • 57 (1994年)

脚注

関連項目

外部リンク

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