ロベール1世 (アルトワ伯) From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 1237年 - 1250年出生 (1216-09-25) 1216年9月25日死去 (1250-02-08) 1250年2月8日(33歳没) アイユーブ朝、マンスーラ配偶者 マティルド・ド・ブラバンロベール1世Robert Ier アルトワ伯 在位 1237年 - 1250年出生 (1216-09-25) 1216年9月25日死去 (1250-02-08) 1250年2月8日(33歳没) アイユーブ朝、マンスーラ配偶者 マティルド・ド・ブラバン子女 ブランシュロベール2世家名 アルトワ家父親 フランス王ルイ8世母親 ブランシュ・ド・カスティーユテンプレートを表示 ロベール1世(Robert Ier d'Artois, 1216年9月25日 - 1250年2月8日)は、フランス王ルイ8世と王妃ブランシュ・ド・カスティーユの息子で、ルイ9世の弟。カペー家の支流アルトワ家の祖。 兄ルイ9世と共に第7回十字軍に参加してアイユーブ朝統治下のエジプトを攻撃したが、カイロへ進軍途中の1250年にマンスーラの戦いで敗死した。なお、エジプトを征服したあかつきには、ロベール1世をエジプト王に擁立する話があったという[1]。 1237年にブラバント公アンリ2世の娘マティルドと結婚し、1男1女をもうけた。 ブランシュ(1248年 - 1302年) - ナバラ王エンリケ1世と結婚、のちイングランド王族初代ランカスター伯エドマンドと再婚。 ロベール2世(1250年 - 1302年) - アルトワ伯 マティルドはロベールの死後、サン=ポル伯ギー3世と再婚した。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『聖王ルイ 西欧十字軍とモンゴル帝国』p394 参考文献 ジャン・ド・ジョワンヴィル『聖王ルイ 西欧十字軍とモンゴル帝国』(伊藤敏樹訳、ちくま学芸文庫 2006年) 先代- アルトワ伯1237年 - 1250年 次代ロベール2世 この項目は、フランスの歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:フランス/P:歴史/PJ:歴史)。表示編集 この項目は、王室、王族に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:歴史/P:人物伝/PJ:歴史/PJ:人物伝)。表示編集 典拠管理データベース 全般 VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ 人物 ドイッチェ・ビオグラフィー Related Articles