ロラン・ティリ

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生年月日 (1963-12-01) 1963年12月1日(61歳)
ラテン文字 Laurent Tillie
ロラン・ティリ
Laurent Tillie
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1963-12-01) 1963年12月1日(61歳)
出身地 アルジェリアの旗 アルジェリア アルジェ
ラテン文字 Laurent Tillie
身長 193cm
体重 83kg
選手情報
所属 日本男子代表
役職 監督
ポジション OH
所属歴
選手歴
1980-1984 ASカンヌ
1986-1987 パラボロ・ファルコナーラ
1987-1991 ASカンヌ
1991-1994 パラボロ・ファルコナーラ
1995-1998 パリUC
1998-2001 ニースVB
コーチ歴
2001-2012 ASカンヌ
2005-2006 チェコ代表
2012-2021 フランス代表
2016-2017 RCカンヌ
2020-2025 パナソニックパンサーズ
大阪ブルテオン
2025- 日本代表
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ロラン・ティリ(Laurent Tillie、1963年12月1日 - )は、フランスの元男子バレーボール選手、指導者。

アルジェリアアルジェ出身[1]

1982年から1995年までフランス代表としてプレーし、400試合近く出場[2]ヨーロッパ選手権で、1985年に銅メダル、1987年に銀メダルを獲得[1]1988年ソウルオリンピック1992年バルセロナオリンピックにも出場した[1][3]。1991年から1992年までは代表のキャプテンも務めた[1]。プロリーグでは、フランス・リーグAASカンヌやイタリア・イタリア・セリエA(現・スーパーリーガ)のパラボロ・ファルコナーラなどでプレーし、リーグAでは8回の優勝を経験した[4]

2001年、フランスのクラブチーム・ニースVBで選手としてのキャリアを終えると[4]、同年より、8シーズンプレーしたASカンヌの監督に就任し、12シーズン指揮[1]。ASカンヌでは、2005年リーグ優勝、2007年にカップ戦優勝の結果を残している。その間の2005年にチェコ代表の監督も兼任し、2005年ヨーロッパ選手権では9位の結果を残した[3]

2012年よりフランス代表監督に就任[1]。2015年にFIVBワールドリーグヨーロッパ選手権で優勝を果たした[3]。しかし、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは結果を残せず9位[3]。それでも、2017年FIVBワールドリーグで再び優勝[3]

2020年、代表監督との兼任でパナソニックパンサーズの監督に就任[3]

2021年、2020年東京オリンピック終了をもってフランス代表監督を退任し、ベルナルド・レゼンデに引き継ぐこととなる[5]。そして、フランス代表監督としての最後の大会となる東京オリンピックで、フランス代表をオリンピック初の金メダルに導いた[6]

2024年11月、翌シーズンの日本男子代表監督就任が発表された[7][8]

2025年2月7日に個人的都合により一時帰国し、不在の期間は伊藤健士が代行を務めた[9]。4月10日にチームに復帰[10]。5月に大阪ブルテオン監督契約満了による退任が発表された[11]。それにより日本代表監督専任となる。

人物

父親のガイフランス語版はバレーボール選手、弟のパトリスフランス語版水球選手である。

オランダのバレーボール選手であった妻のキャロラインフランス語版との間に、バスケットボール選手のキム英語版、バレーボール選手のケヴィン、バスケットボール選手のキリアン英語版の3人の息子がいる[12]

所属チーム

脚注

外部リンク

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